酔ってないし

 酒場で出された酒をひと口飲んで──
「うわ、これ濃いな」
「どれどれ……うえっ、舌が痛い!」

 よくこんな度数が高いの飲めるわねと言ったあと、リナはトイレへと席を立った。
「お客さん、すまない! 出すもの間違っちまった」
「は?」
「新人に任せたら手違いがあったようで。すまないね。これは本来は割って飲むものなんだよ」
 店主らしきおじさんはガウリイのカップを取り換え、そして大きなピッチャーを側に置いた。
「割ったあとにハーブやレモンも加えてあるんだ」
「お、さっぱり飲みやすくなった」
「お隣のお嬢さんは蜂蜜酒でよかったね?」
「ああ、ありがとう」

 なんだ、普通に飲みやすくなったじゃないか──と味わっているところでリナが戻ってくる。心なしか上機嫌な様子でリナも蜂蜜酒を飲み、穏やかに時間は流れていった。

「……さあて、そろそろ宿屋に戻りましょうかっ。ガウリイも酔っぱらっちゃったでしょ!」
「いや、酔ってねえし」
「うんうん。酔っぱらいってそう言うのよね」
「ほんとに酔ってない」
「あれだけ飲んで酔ってないわけないでしょーがっ」
 おあいそ!と朗らかに店主に告げ、会計も気前がいい。すこし呂律は危ういがリナの足取りは悪くない。かと思ったらガウリイの手を引いて、先導してくれようとしている。
 ──これは、ガウリイが酔っていると思い込んでいるのだろうか。
「オレ、ほんとに酔ってない」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
 どっちがだ、の言葉を飲み込んでガウリイは大人しく従うことにした。
(オレ、酔っても見た目が素面のときと区別つかないらしいからなあ)
 親切はありがたく受け取っておこう。実は必要ないんだが。

 ガウリイの部屋に入り、リナはガウリイをベッドに座らせると「はい、靴脱いで」と指示する。
 へーへーと従って靴を脱ぎ、正面を見ればまだリナがいた。
「次はこれ、着替えて」
「寝間着……」
 膝にぽんと置かれると、止める間もなくリナがガウリイの上着を脱がしにかかった。
「ほえぇ、えっ!?」
「ほら、手を上げる!」
 えええと思っているうちに上着は脱がされ、かわりにすぽんと寝間着が被さってくる。
「手際いい……」
「もう慣れてるもん」

 ……慣れ……慣れてる!?
 ガウリイは容量の少ない記憶から過去の事象を思いかえしてみるが、このようなことをしてもらった覚えはない。
「だ、誰の着替えで!?」
「あんたに決まってるでしょっ」
「オレ!?」
「はい、次はズボン」
 リナの手がスボンのベルトに伸びて、ガウリイは盛大に焦った。
「じじじ自分でできる」
「そう?」
 リナが見守るなか、ガウリイはかつてない神速でズボンを履き替え、勢いのままベッドに突っ伏した。
 過去に、泥酔したときに自分はリナになにをやらせていたのだろう。覚えていないが、ひたすらに情けなく、恥ずかしい。
「もう着替えたんで……」
「ん、そうね」
 帰ってくれと言う前にぎしりとベッドが軋んで、ガウリイはびくりと身を竦ませる。
 今度は何を──と思ったところで、のしかかってきたリナの熱い唇が頬に押し当てられてガウリイは硬直した。
「へ、は、あ、ああ」
「んへへ~」
「酔ってる……のか?」
「酔ってないし。酔ってるのはあんたでしょ」
 そのうち耳や首にまで唇が軽く押し当てられて、混乱はさらに深くなる。

(まてまてまて。ひょっとして、オレが泥酔していたらこういうことするのが恒例だったのか?)

 ガウリイが覚えてなかっただけで、どれだけこういうことをしてきたのだろう。どれだけ──どこまで──
「んふふー」
 リナの手はガウリイの頬を撫で、唇をなぞり、髪に指を差し入れて──もしゃもしゃと頭を掻き交ぜた。
「うああいててっ!?」
「あ、ごめんごめん。こうして丁寧に梳いて……三つ編みしてあげるねっ」
「いやいいって……そういや朝起きたら三つ編みだらけになってたことあったな……」
「犯人あたし~」
「そりゃそうだろうな」

(なんだか色気が遠のいてきたぞ)
 ガウリイは気を取り直して、リナを正面から見つめる。
「なあリナ……その、オレが酔ってるときに……キスとかしてたりしたのか?」
 眉間に皺を寄せたあと、リナの顔がぼっと赤くなった。
「そそそそんな破廉恥なことするわけないじゃない、ばか!」
「そうか……」
 どうやらリナはまだまだおこちゃまで、自分は泥酔していても紳士だったらしい。早まらなくてよかった。
 ほっと安堵の息を漏らし、ガウリイはぽふぽふとリナの頭を撫でた。
「もう寝る準備できたから。リナも自分の部屋で寝ろ。な?」
「ん、わかった」
 頷いたあと、リナは両手を伸ばしてするりとガウリイに抱き着いてくる。
「ななななんだなんだ!?」
「おやすみのハグだけど?」
 ふいっと離れたリナはいたずらの笑みを浮かべている。
「突然こういうことするのははしたないぞ!」
「わかってる。ガウリイ、毎回そう言ってるもん」
 毎回こうしてからかわれていたのか。

 気が済んだと自分の部屋に戻って行くリナを見送りながら、明日はこっちからやり返してやる、とガウリイはうっすら決心したのだった──


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