夜に寄せる

 夜は重く、昏かった。
 リナは特に野外で過ごさなければならない夜が大嫌いだった。
 満天の星空でも月がなければ自分の手も足元も見えないし、安易に大きすぎる火を焚くこともできない。強い光は人のいる証しで、夜盗を呼ぶからだ。
 姉から聞かされた怪談の、暗闇に紛れて襲いに来るお化けの話に怯えたこともあったが、世界を見る旅に出てみれば結局怖いのは人間だった。
 まだ冒険者として未熟だったころ、ひしひしと四方から迫り寄る暗闇に安眠できず、発狂したように明りの魔法をばら撒いたりむやみに火炎球で枯れ木を燃やしたこともある。
 他に連れがいても安心できたことはなかった。金目の物を盗まれるのは当たり前のように起こるし、襲われたり売られそうになったりした。何度もそういった苦い思いをしてリナは人を見る目を養った。
 相手には利がないのにさも親切そうな顔をして言い寄ってくる人間ほど、なにか裏を持っている。
 ――ごくまれに、某自称保護者のようなお人好しもいるけれど。

 とにかく、夜はリナにとって恐ろしい時間だった。
 だからリナはあえて夜と戦った。夜に怯えても夜は必ずやってくる。だったら利用しない手はない。視界が制限され不利になるが、それは相手も同じなのだ。
 夜に紛れて盗賊に喧嘩を売る。
 戦局によっては夜に動き、昼に休む昼夜逆転で乗り切った。
 泥まみれになりながら敵と夜通し戦ったこともあった。そんな時は空が白むにつれ、泥と血まみれになっている自分がだんだんと見えてくる。もがいて夜から抜け出してもそんな有り様で、涙がこぼれた。見上げた朝焼けが涙で滲んだのを覚えている。
 長く昏い一人の夜は、「明日も自分は生きている」という予感をさせなかった。
 消え入りそうな焚火を見つめて、無心に過ごすのが精一杯だった。

 しかし仲間と旅をするようになってしばらくして――リナは夜が怖くなくなったことに気付いた。
 仲間と囲む焚火はこれまでと対蹠的で、温かい食事となごやかな小休止を楽しむ象徴になった。ちらちらと揺れる火を見ながら他愛もない話をして、一人でないことに安堵する。
 夜の野外でぐっすり眠るなんて、これまでは絶対にできなかったことだ。


「あたしね、夜が怖かったの」
「……は? リナが?」
 ガウリイは見ていた焚火から横にいるリナへと視線を移した。
「だって! 信用できる仲間がいなきゃ安心して眠ることもできないじゃない?」
「ああ……うん、まあそうかな」
「あんたみたいにぐうぐう寝ていざとなったらぱっと起きるなんて器用な芸当、あたしはできないの!」
「眠くなるんだから仕方ないだろー」
 ガウリイが火の中に薪をくべると、小さな火の粉がさっと舞い上がって消えた。ぱちぱちという音と一緒に四方へ舞い散る火の粉を二人でただ見つめる。
「もう怖くないのか?」
「怖くないわね」
 仲間と、ガウリイと出会って夜の持つ優しさをやっと思い出したから。
「寝てていいぞ」
「うん」
 ガウリイがリナに毛布をぎゅうぎゅうに巻きつけて、その肩を引き寄せた。
 リナは大人しくガウリイにもたれかかって目を閉じる。じっとしていれば側にいるガウリイの身じろぎと、焚火の音だけを感じることができた。
 夜がふたりを包む。

■ 終 ■

ひとり旅の夜は大変だろなーって妄想から。
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