チャンス

 思いのほか早く街に到着することができ、二人は安堵した。昼を少し過ぎたほどの時間なので商店街の出店にはまだ食べ物がたくさん並んでいるし、リナが噂に聞いたチュロスの店もすぐに見つけることができた。宿屋もゆっくり探すことができるだろう。
 街道の規模から考えていたよりも街は活気があり、この様子ならちょっとした仕事も見つけることができるかもしれないとリナが言った。
 商店街を過ぎて民家が軒を並べる通りをしばらく先に進んでいくと、街路樹の木陰が心地よさそうな小さな広場に抜け出る。その中央には勢いの弱すぎる噴水が不規則に動き、時折思い出したように水を噴き出していた。噴水を遠巻きに取り囲むように設置されているベンチの一つにリナとガウリイは並んで座り込み、足元に荷物を降ろす。その二人の前を街の子供たちが輪回しをしながら歓声を上げて広場を駆け抜けていった。
 やらなくちゃいけないことはいろいろあるが、とりあえず一休み……と、ガウリイは背もたれに腕を広げて大きく伸びをした。空を見上げるとほどよい梢と調度良く曇った空が見える。
 その伸ばした腕を降ろしたら、そこにリナの髪がある。流れる風に合わせて指に絡む彼女の髪をくるくるといじると、リナが手でおさえつけた。
「もう、なにしてんの」
「なにって……」
 言いながらリナを見下ろせば、その顔が思いのほか近くにあることにガウリイは少しひるんだ。憮然としたリナのその瞳が、想像していたよりも自分の近くにある。
(距離が近いな)
 座ってるせいで二人の顔が近いのだろうか。にしても座っている二人の距離、そのものが近い気がする。そんなに小さくもないベンチで、下げた腕ですぐ抱えられそうなほどそばにいるリナにガウリイはぼんやりと見とれた。そして風にそよいでリナの頬や鼻にかかる髪を、彼女の後ろに回しているのと反対側の手でのけてやった。
(もうこれは――チャンスだろ)
 とたん、ガウリイの心臓が波打つ。
 ベンチの背もたれに腕を乗せているだけとはいえ、これは位置的にリナの肩を抱えているようなものだし、リナの顔を覗き込むようにしている体勢はすでに抱擁の一歩手前。ドラゴンもまたいで通ると言われる彼女にこの距離にまで近寄れる自分は、かなり『許されている』んじゃないだろうかと正当化の理由をガウリイは見つけ出した。
 悩んでる姿は惚れている女に見せるものじゃなし、迷わずに動くべきと決めたガウリイはリナの頬に手を添えてその顔をそっと引き上げた。目を丸くしたリナがガウリイの胸を叩く。
「ちょ、ガウリイ……」
 その抵抗は本気のものじゃない。もう、互いの唇はすぐ触れる距離にある。
 ぎゅっと目をつむるリナを愛しく思い、ガウリイも目を閉じ――ようとした、その瞬間。
「あ~! 見ろよー!」
 子供の容赦ない大声が広場に響いた。
「この兄ちゃんたち『ちゅー』しようとしてるぜ~!!」
 びくっと体を震わせた二人が声の主に顔を同時に向けると、先ほど広場を走っていた子供らがいつの間にかガウリイたちの近くにわらわらと集まってきている。
「ひゅ~ひゅ~!」
「あっれ~やめるのぉぉぉお~?」
「ちゅーしろよ、ちゅー!ぶちゅーって!」
「「ちゅーぅ!ちゅーぅ!ちゅーぅ!」」
 広場に子供らの囃し立てる『ちゅー』コールが響き渡る。
「なっ……やめなさいよっ」
 子供らを制止しようとするリナよりも先に、肩をぷるぷると震わせたガウリイがゆらりと立ち上がった。
「おっまっえっらぁぁああ!」
 その殺気に一瞬にして危機を察知した子供らは、それでも「なんでちゅーしないんだよー!」「照れてるのぉぉお!?」「昼間っから恥ずかしーでやんの!」と叫びながら脱兎のごとく四散していく。
「待てえええええ!」
 大人げなく全力で追いかけていくガウリイを、一人取り残されたリナはぽかんと見送った。
「まったくもう……ホントに……」
 居住まいを正して、まだ赤面してるだろう頬を押さえる。
「せっかくのチャンスだったのに!」



この後ガウリイは子供たちとマジ遊びを始める
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