ついていけない話

 酒場の、カウンター近くのテーブルに相席でもぐりこんだガウリイを横目でちらちらと見た。
 あたしはガウリイと同席になった男どもと目が合わないように気を付けながら配膳する。連中はぎゃははと大声でたびたび笑い――いい具合に出来上がってきてるようだ。

 今回の依頼は失踪人の捜索。
 ふいに姿を消してしまったそうだが、どうやら付き合いのあった仲間たちはその行く先を知っている様子なのだ。しかしどういった理由なのか、失踪人の家族が尋ねてもすっとぼけて口を割らない。なので、潜入捜査という方法でどうにか行方を聞き出そうとしているのである。
 こういった場合、女のあたしが聞き出そうとしても怪しまれるのは明白。
 そこであたしは考えた――酔っているときになにげなーく男のガウリイが話題にしたら何かしら情報をこぼしてくれるのではないかと。
 ガウリイは駆け引きの話術なんぞもちろんできるわけがないので、ウェイターに化けたあたしのアシスト付きである。
 ウェイター?
 そう、ウェイター……。

「おーいっ、そこのガキ! 串盛りまだかー?」
「はいはーい……店長、この皿持っていきます」
「ほい、よろしく。うちの常連、口が悪くてごめんよ。しかしあんたもちっとも女とばれないねえ……」
「はあ……」
 長い髪はちょいと隠し、胸は……いちおうサラシで巻いてしまえば、誰も疑う者はなく……いや疑ってよ多少はさ……。

 テーブルに料理を持っていきがてら、連中に合わせて笑うガウリイにちらっと目配せをする。厨房に戻るあたしの背後で、ガウリイが「ちょっとトイレ」と席を立つ気配がした。あの目配せは『裏に来い』の合図なのである。
 こっそり厨房の奥でガウリイと落ちあい――
「おう、リナ。呼んだか?」
「呼んだか、じゃないわよ。失踪人の話、全然できてないじゃない!」
「いやあ。まだそういう話題に繋がらなくて……」
「しかも何よあいつらの会話はっ!?」
 言いながら、ついあたしの顔は赤らんでしまう。
「どこそこの女のどこがいいだとか……ヤったかヤらないとか何回どうだこうだとかっ」
 これでも表現をやわらかく言ってるほう。盗み聞きをするまでもなく、連中はあたしが口に出せるレベルではない猥談を大声で話し続けているのである。
「なんなのよ! あいつら揃いも揃って変態なの!?」
「いや……別にそういうわけじゃなくてな……」
 ガウリイが気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「周囲に女の人がいなくて、男だけの遠慮ない会話っつったらあんなもんなんだよ」
「あれが……普通の会話だっての?」
「酔っぱらってりゃそんなもんだ」
「信じらんない……」
 そりゃもう聞くに堪えない内容なのだ。
 でもまあ、いい方向に考えればそれだけガウリイにも気安くなっているってことなのよね……。
「下品すぎて不快極まりないけど……ガウリイもあの調子に合わせてうまいこと聞き出すのよ?」
「お前さんが聞いてるのわかっててあんな話に合わせられるかよ……」
「遠慮しなくていいのよ。どんどんスケベにいけっ」
「いやムリ」

 ヘンなところで気にするヤツ……。
 とにかく、もごもご渋るガウリイにしっかりやれと尻を叩いて席に戻らせた。
 にしても男だけの集団って、酔うとあんなに下品なエロ話ばっかりするのね……。
 ガウリイもゼルやルークと飲んでいるときはあんな会話をしてたんだろうか、なんてことをあたしは取り留めなく考える。

「――で? お前の彼女はどんな女なんだ?」
「い、いやあ……彼女はいない」
「こんなにモテそうなツラしてやがんのにいないだってえ?」
「嘘つくんじゃねえ!」
「何人と付き合ったことあるんだ?」
 席に戻ったガウリイがいじられている。どうやら酔っ払いたちのターゲットになってしまったらしい。
 でも、ガウリイは聞き耳を立てているあたしを気にしてか口ごもるだけである。  ……ガウリイの、そのあたりの経験談が気にならないでもないけど。今はそうじゃなくて、注目を利用して失踪人の話題に繋げていくのよ、ほれ早く!

 表立ってアシストはできないあたしは、ガウリイの背後に回ってさりげなーく空いたテーブルを拭き始めたりしてみる。
 そうしながら様子を伺っていると――突然、ぐいっと二の腕を引かれた。ガウリイの隣に座っている酔っ払いだ。お酒くさい。
 そして突き飛ばされたあたしを、ガウリイがあわててぽすんと受けとめる。
「俺ぁわかるぜ! お前の好みってこんなんだろ?」
 二人して息を飲む――
 ひょっとして女ってばれてる!?
「さっきからこいつを気にしてなかったか?」
「あーそうか、だから話にどーも乗り気じゃなかったのか」
「女じゃなくて男がタイプだったんだな!」
「しかもこういう少年が!」
 すまなかったな! と酔っ払いどもは笑いだす。
「無理矢理、俺らの話につき合わせて悪かった」
「お前らお似合いだぜっ!」

「「ちっがうし!!」」

 あたしとガウリイ、いろいろな意味を込めて二人の叫び声が重なったのだった……。

■ 終 ■

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