水浴

 清流の澄み切った水は、少し冷たいけれどとても気持ちが良かった。
 意外に深くて、あたしの臍の下あたりまで水面がきている。流れの早くなる場所に踏み込まないように気をつけながら、ゆっくり川の中央へ歩いてみた。素足に感じる川底の石は、丸くてやさしい。

 真夏の暑さは峠を越えたはずなのに、雲ひとつない晴れの日に街道を歩いていると暑くて仕方がなかった。街で見た地図で街道わきに川が描かれていたのを思い出し、あたしはガウリイに寄り道を提案したのだ。
 最初はブーツを脱いで、膝から下を濡らして涼を取る程度にしていた。でも足を涼しくしても全身はじっとり汗をかいたままだし、背中は汗が伝うし、我慢しきれなくなって水浴びをすることにしたのだ。
 ガウリイはもちろん茂みの向こうの街道側に追い出して、見張り役である。

 振り向いてガウリイがいそうなあたりを見てみるが……ここから彼の姿は探せなかった。
 絶対にこっちを見るなと念を押したので、街道の方へ散策に行ったのかもしれない。あたしもそのほうが落ち着いて水浴びできていいけど。
「あ~涼し~」
 風にそよぐ梢や川の流れをのんびり楽しんでいると、不意に遠くからガウリイの声が響く。
「リナ。誰か来るぜ」
「えっ!」
 慌ててざぶざぶと岸に戻る。
「あとどのくらいで来る!?」
 今度はさっきより近く、手前の藪を越えた茂みのあたりからガウリイが答えた。
「着替える時間くらいはあると思う。馬を引いてるから、行商人かな」
 あたしは置いてあった荷物からタオルを探すが、濡れた手に服や袋がまとわりついてどうにも探しにくい。
「ああもう!」
「ほれ、タオル」
 ガウリイはその様子を感じ取ったらしい。木立の影からぽーんと投げられたタオルがちょうど良くあたしの手の中に飛び込んできた。
「オレの使え」
「あ……ありがと」
 全身をざっと拭いて、下着と服を身につけていく。ズボンをぐっと履き終わったところであたしは安堵の息を吐いた。

 川辺にやってきたのは、仕入れた商材を運んでいる途中の商人たちらしい。馬に水を飲ませ、休ませている。
 そこから少し離れた場所にあたしたちも並んで腰を下ろしていた。
「間に合ってよかったわ」
「そうだな。じゃなきゃこの一帯が焼け野原になって川の形も歪んでたかもしれん」
「ンな手荒いことしないわよっ。たぶん」
「たぶん、か」
 くくっと小さく笑うガウリイを横目で見つつ、あたしは疑問を口にした。
「そういえば、あんたのタオル。ちょーどよくあたしのところに投げてきたわね」
「おう。見ないでもあれくらいはできるぞ」
 けろっとした表情で言う。それに後ろめたさは感じられない。
「ふーん」
 見ないでも……ね。
 確かにガウリイならああいう芸当も難なくできそうだけど。「アナタの裸にはこれっぽっちも興味ありません」って感じの顔で言われるとなんだかもやもやする。

「ねえ、ガウリイは、あたしの裸を見てみたいなーとか思わないの?」
「へ? ……見ていいなら見るけど?」
 むかっ。
 なによ、そのもののついでっぽいてきとーな言い方は。ランチセットでおまけにドリンクが付いてきたときの、「もらえるなら飲んどくか」程度の軽い扱いなんかいっ!

「見ていいわけないでしょーがっ! 見たらぶっとばすわよ!!」
「お前さんが聞いてきたから答えただけじゃないか……」
 あたしは彼にびしっと指を突きつける。
「とにかく今後も絶対! 見たらダメだから!」
「はいはい」
 ああやっぱりこいつはくらげだ。
 純情可憐な乙女の裸体を何だと思っているのか。

 あたしがむすっと押し黙っていると、ガウリイは「難しいな」とつぶやいた。
「……何が?」
「言い方が悪かったんだよな? 『見たい』って言えばお前さんは喜んでくれたのか?」
 横を向けば、ガウリイと目が合った。
「言い直しする」
 ガウリイがあたしの方に体を向けて、しゃんと背筋を伸ばす。
「オレは、見ていいなら、見たい」
「なっ……」
 ガウリイの様子はいたって真面目。

 そうやってまっすぐに目を見ながら言ってくるのって、なんだかずるい。
 あたしがうろたえるってのがわかってて、さっきは軽く答えたんだろうか?
 あーもう、そもそもあたしがこんな質問しなければ――

「どうだ?」
「……言い方、少し変えるだけでだいぶ違うのね」
「そうだなー」
 あたしは立てた膝を抱えて、赤くなった顔を伏せた。
「喜んでるわけじゃないから」
「わかってるって」
 ぽんぽんとガウリイの手があたしの頭を撫でて、なだめていた。
 せっかく涼しくなったのに。
 顔の火照りは、しばらく引きそうになかった。



見てるって!
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