時に過去が袖を引く

 食堂兼酒場で食事を終え、リナとガウリイの二人がゆっくりくつろいでいると──
「あれ、おめえは、ガウリイ……? やっぱり! ガウリイじゃねーか!」
 テーブルの横を通りすがった男性があっと声を上げる。そして、彼のあとに続く連れたちに嬉々として呼びかけた。
「おい、見ろよ、ガウリイがいるぞ! 懐かしいなあ……!」
「あっほんとだ! あのぼうずじゃねーか! いや~すっかり大人になっちまって……」
「おぉ~その格好だと剣士やってるんだよな? 旅の? 定住はまだしてない?」
 合計、三人の男に次々に「懐かしい」と声をかけられ、突然のことに目を白黒させるガウリイだったが。
「……誰だっけ?」
 三人は揃ってずっこけた。
「息ぴったりな人たちね……」
「わはは! すまねえすまねえ! そりゃ何年も経ってんだ、ガウリイならなおさら覚えてねえよな」
 すぐさま起き上がった彼らは、ばしんばしんとガウリイの背中を叩いて大声で笑う。朗らかな様子にこちらまで気持ちがほぐれるようだ。
「いや、ちょっとは覚えてるぞ。ジルだろ、マックス、えーっと、ダン……みたいな名前だったような」
「ジルは合ってる。あとは……うん」
「ガウリイにしちゃ上出来だよな!」
「すごいぞ!」
「……あなたたち甘すぎない?」

 ──彼らはガウリイの昔の傭兵仲間なのだそうだ。
 二人で広々と使っていたテーブルは三人が合流してぎゅうぎゅうとなり、卓上はどんどん追加注文される酒やつまみで埋め尽くされる。
「いやーほんと懐かしいな~! あんっなピヨピヨだったガウリイが一人前になって」
 なんだか近所のおばちゃんのようなことを言っている……とリナは思った。
「ガウリイ、ときおり故郷の方角を眺めてよぉ……溜息とかついてたよな」
「つっ……ついてない! ついてないぞ!」
「こーゆう酒もよ、大人の真似して飲んで、盛大にむせてた」
「むせてない! ふつうに飲んでた!」
「そういや、『限界まで飲ませてみようぜ』ってやったのに、顔色だけは変わんねえから、みんなで賭けのネタにしてたのに判定があやふやになっちまったんだよなー」
 どんどん出る、『青二才エピソード』にガウリイはいつになく焦っているように見える。でも彼らに悪気はないのだ。ガウリイを馬鹿にするそぶりはなく、ただ昔を懐かしんでいる様子なのだ。
「……まだ積もる話もあるでしょう? あたし、先に部屋に戻るわね」
「そ、そうか?」
「うん。ゆっくりして」
 一人部外者がまじっていては、話にくいものがあるだろう。リナも、会話に出てくる名前が何一つ分からないので正直言えばつまらない。
 不快感は残さないようにさりげにテーブルから離れた。
 じゃあ、と手を振って上階の部屋へ向かうが、ガウリイに昔馴染みたちが「彼女か?」「かわいいじゃねーか」と言ってからかう声が聞こえ、背中がむず痒く感じられた。


 階下からの喧騒はまだ続いている。
 リナはすっかり着替えて寝る準備を済ませたものの、それほど夜遅くもないため、ベッドでごろごろと本を読んでいた。
 こつこつ、と控えめなノックがして、「意外と早い」と思いながらリナはドアを開けた。
「もう終わったの?」
「ああ」
 ガウリイがリナを見下ろして緩く笑う。
 それほど飲んだ様子もない。
 ──だが、リナは首を傾げた。
「どうしたの? 嫌な話でも聞いた?」
 返事をせずにガウリイは部屋に入ると、リナのベッドにぱたりとうつ伏せで倒れこんだ。リナはガウリイの下敷きになってしまった本を引き抜いて片づけると、ガウリイの後頭部をぽむぽむと撫でる。しばらくそうしていると、ガウリイがぽつりと零した。
「……傭兵だからな、無事でいるほうが少ないのかもな」
「そっか……」
「すごく、いろいろ、たくさん……教えてもらったんだ。恩人っていえばいいのかな、そういう人がいたんだ」
 こういう類の稼業をしているのだから、「じゃあまた」と別れれば次に生きて会える保障はこれっぽっちもない。二人ともそれは十分に分かっている。
 自分と言葉を交わし、同じ時を過ごした人がいつの間にか二度と会えないところに行ってしまった──やるせなさと諦観を込めて深く息をつくガウリイの顔は、伏せていて見えない。
「たまに、思い出してあげればいいのよ」
 それしかできることはない。
 ガウリイが静かに頷いた。

  終



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