Remember my love. 3







何度寝返りしても落ち着かない。
目を閉じれば、あの人の面影がやけに鮮明に浮かんでくる。
仕方なく天井を睨みつけると今度は優しく響くその声を思い出した。
とっても耳に残る声なのよね……

なんだろう。
あたしは自分の過去のことより、彼のことが気にかかって眠れなくなっている。


ガウリイ、さん。
ガウリイ=ガブリエフさん。

『リナ』の保護者だって言ってた。「自称保護者」は、『リナ』のために帰路もかえりみず異世界に飛び込んでくるような存在なの?
――二人の絆を、知りたい。



あれこれと考えて浅い眠りを繰り返しているうち、あたしは結局まんじりともしないで朝を迎えてしまった。
眠さにはっきりしない頭を振り、とにかく顔を洗おうと廊下に出てぎょっとする。
開いたドアのすぐ側にガウリイさんが座り込んで寝ていたのだ。
大ぶりな剣を抱えるように持ったまま壁にもたれていたが、気配を感じたのか彼はぱちっと目を開ける。そのままあたしを見上げて、ぼんやりとまどろみを残した表情で微笑んだ。

「……あー、おはようリナ」

「な、なんでこんなところにいるのよ!
 部屋準備してあるんだから、ちゃんとそこで寝てよ」

「すまん。なんだか寝られなくて」

ばつが悪そうにぽりぽりと頬を掻く。
それから彼が立ち上がると、たちまちあたしは見下ろされた。

「お前さんも熟睡してないんじゃないか?」

「どうしてわかるの」

「寝付けない様子だったから」

部屋の中のあたしの様子を伺っていた?
な、なんつーデリカシーのない!
でも彼は特に悪びれもせず言ってのけるし……。
女の子の睡眠も把握する『保護者』はずいぶんと心配性ね。
ずっと行方不明で、見つかったばかりというのもあるかもしれないが。

「あなたこそこんな廊下じゃよけいに眠れないじゃないの」

「ベッド以外で寝るのは慣れてる。
 それに夕べはよく眠れたぞ。
 リナが、近くにいるから」

「……っ!」

彼があたしの頭を撫でた。
急に――でもこわごわと。
びっくりしたあたしは、その手をはねのけてしまう。

「驚かせたか?」

そう言ってあたしに触れた手を気まずく下ろした。
そんな困った顔をしないでよ……どうすればいいのかわからないのはあたしのほうなのに。
互いに戸惑った表情を交わしていたが、彼は息を大きく吸い、そっとあたしを覗きこむ。

「リナ、どうしたらオレを思い出してくれる?
 記憶をなくす前のお前さんに聞きたいことがあるんだ」

その、口調は――保護者のものじゃない。
むしろ逆に『リナ』に縋るようだ。
救いを求めるように『あたし』を見る彼。
……いいや、彼は『あたし』を見ているわけじゃない。

「そんなこと聞かないで。あたしは『リナ』じゃないんだから」

「……リナ?」

あなたの望むように答えられない。
あたしはあなたの探していた存在じゃない。

「あたしは葉月よ。
 『リナ』って、呼ばないで!」

一息に言い放ち、彼の横をすり抜けて急いで階下へと逃げる。
驚く彼の顔が一瞬だけ見えた。


『リナ』とあたしを呼ぶ時のあの表情。
向き合っていると彼はまばたきをする間も惜しいように見つめてくる。

説明されなくても記憶がなくても、あたしにだって理解できる。
彼の想いが、わかる――『リナ』への想いが。


でも、あたしは今は葉月なのだ。
『リナ』であった頃の記憶がないあたしは『リナ』たりえるんだろうか。
記憶がないということは、それはもう別人じゃないかとあたしは思う……。







 ■ ■ ■







「大勢の食卓って楽しくていいわねえ」

あたしのぎすぎすした心境をわかっててわざと言っているのか、おばあちゃんが努めて明るい声を出す。
ちなみにおばあちゃんは旦那さんを亡くして以来、あたしを引き取るまで一人暮らしだったそうだ。彼に貸した服や空き部屋はその旦那さんの物。規格外に体の大きい彼にその服は小さくて、おばあちゃんはそのうち服を買いにいきましょうと言っていた。
それはやはり、しばらく三人の生活が続くってことよね……。
あたしの記憶が戻らないことには彼も帰れないらしいし。
そこまで考え、同じテーブルに座る彼を見ると「にぱっ」と微笑んでくる。

……さっきあたしはキツイ言葉を言ったつもりだったんだが。
何なのこの懲りないあたしへの微笑みは!

こういうのはかまわないほうがいい。
無視して仏頂面で俯き、もそもそとご飯を口に運ぶと、視界の隅のあたしのプレートから玉子焼きが消えた。

「な!?」

「おー、これリナが作ったのか? 美味いなあ!」

食べながら言い、そしてごっくんと飲み込む。

「あ、あああっ! あたしの玉子焼きー!」

椅子から腰を浮かせると、ガードが薄くなったプレートを見計らってここぞとばかりに彼のフォークが次々とあたしのおかずを奪っていく!

「なにすんのよ! ええい、このっ!」

「あっオレの最後のウインナーが!」

「大勢の食卓って楽しくていいわねえ」

――はっ!
なんかあたし彼の行動につられてないっ?

一瞬躊躇したところを狙い、彼の手が伸びてくる。
ちょこざいな!

だんっ!

ガードから転じてあたしはフォークを彼の腕めがけて振り下ろす。
それは上手い具合にかわされてテーブルに突き立った。

「……リナ! 今、かなり本気で狙わなかったか!?」

――あんまり調子に乗らないで欲しいものだ。
あたしは彼を睨みつけ、声色を低くして言う。

「『リナ』って呼ばないで、ってあたしさっき言わなかったっけ」

「そんなこと言ってたか?」

「あれだけ! はっきり! 言ったじゃないの! 忘れないでよっ!!」

「無理。オレ、くらげだから」

すっかり開き直った発言をして彼は笑った。
あたしに向かって、愛おしげに。


……あ。
こんなふうにしてたんだ。きっと。彼と『リナ』は。
だから、ガウリイさんはこんなにも嬉しそうに――笑っている。











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