Remember my love. 1せみがしわしわと鳴き暮れる。 夏休みももう半分が過ぎてしまった。 あたしは話を続ける友人に相槌を打ちながら、ふと空を見上げる。 入道雲の浮かぶそこは、いつもよりも低く地上に近付いている気がした。 「――ね、葉月聞いてるう?」 「え。あ、うん」 「現代文は今日で終わったから、次は古典解いてくる。 ……葉月ぃ、理系よろしく」 「はいはいっ」 頭を掻いてしぶしぶ返事した。 夏休みの宿題なんて自分一人で終わらせたいが、なにしろあたしは文系がまだ苦手でしょうがない。日常会話はできても、字を書くことすらままならないので学問を解くレベルにまでいけないのだ。おばあちゃんに教えてもらうにしても、理解できないことがまだ多くて情けなくなる……。 一人では夏休みの宿題を終わらせられそうにないので、仕方なくこうして理系が苦手な友人と助け合っているところである。 「じゃ、来週電話するから」 「またね」 分かれ道で手を振る。 あたしは日影を探しながら、家へと続く細いアスファルトの道を歩いていった。 参考書や辞書の入った鞄が重くて何度か持ち替えた。 肩に、荷物の重さがかかり。 ――ふと沸き起こる既視感。 「…………」 立ち止まって記憶を探ったけれど、何も思い浮かばなかった。 「荷物をしょって思い出しそうになるって、あたしは何をしていたのよ」 一人で苦笑してしまう。 もしかしてバックパッカーとか? あたしって見た目より体力あるし歩くのも苦じゃないし、案外それって当たってるかもね。 んなことを考えながらてくてく歩いていると。 いきなり。 それは本当に唐突に――視界の隅に人影が現れて、そしてあっと思う間もなくあたしは抱きすくめられていた。 「な、なにっ!!????」 「やっと、やっと見つけた! リナ!!」 痴漢、と叫ぼうとしたところでそんなことを言われ、はっと息を飲む。 抱き締められて窮屈なまま、あたしはもぞもぞと顔を上げた。 「リナ、よかった無事で。 どんだけ心配したと思うんだ!」 泣きそうに歪んだ表情の中、真っ青な瞳があたしを射抜くように見詰めてくる。 見下ろして、フードからこぼれてきた金髪があたしの頬にかかった。 彼の容姿は明らかに西洋人のそれで……見合ったまま、やっぱりあたしの出所って日本じゃない外国なんだろうか、なんて思う。 「あなた、あたしのこと知ってるの? 『リナ』ってあたしのこと?」 「リナ! 記憶が……」 今度は彼が驚く。 あたしは胸元のペンダントを握り締めた。 ■ ■ ■ 二階にはあたしの部屋、そして使われてない空き部屋がいくつかあるだけ。 すっかり物置になっている部屋の、奥にあるタンスから男物の服を適当にみつくろってあたしは階下へと降りた。 いつも思うんだけど、この屋敷は二人で住むには広すぎるわよねえ…… リビングルームの扉を開けると、おばあちゃんが床に座った男の濡れた頭をタオルでわしわしと拭いていた。 彼は――ガウリイと名乗った。 路上で出会った後、あたしが自分の過去について何も覚えてないことを告げると、彼は驚きと納得が混じったような複雑な表情を浮かべていた。 とりあえず詳しく話を聞くために家に連れてきたが、あたしたちを出迎えたおばあちゃんは彼を一目見るなり、有無を言わさずにまず風呂場へと押し込んだのだ。 確かに……彼の格好はまるでくたびれた浮浪者のようで、そのままじゃ怪しいことこの上ないもの。 「ほほ、こうしてるとまるで大きな犬を拭いてやってるようね」 「オレは犬かあ?」 「……おばあちゃん、服、取ってきたけど」 「ありがとう葉月。 そこに置いといてちょうだい」 あたしは言われる通り、二人の側に服を置いた。 上半身はバスタオルを羽織っただけの彼を直視しないように努めたけれど、その半裸を盗み見てあたしは視線を外せなくなる。 ――その肌に残る無数の傷跡。 細かなものから、命に関わるんじゃないかと思えるほどの裂傷痕もある。 こんな、たくさんの怪我を負うような人があたしを探しに? あなたは……あたしは一体…… 壁に立てかけられた、彼の所持品の剣らしき物。 まさか、それは本当に使う剣だっていうの? そんなバカな…… 「さて、ガウリイさんといったかしら」 彼が服に袖を通したところで、おばあちゃんはソファに座り直した。 あたしもそれに従う。 「あなたは、この娘――葉月を探していらしたのね」 「ああ。この一年ずっと探していた。 『ここ』に来たのは一ヶ月くらい前なんだけどな」 彼は痛いくらいにまっすぐ見詰めてくる。 ……あたしはてっきり、過去の自分を知る誰かが探しに来てくれたら、それはとても嬉しいものなのだろうと思っていた。誰も探してくれないなんて自分が不必要な存在みたいで悲しいし、そもそも自分がどこの誰なのか、事実を知りたかった。 彼の出現をあたしは一年間待ちわびていたはず。 ――それなのに。 誰かが探しにきてくれた時、自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかった。 あたしは自分の過去が怖くてたまらない…… 彼の視線から、逃げて俯いた。
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