男の

 廃坑に住みつき始めたゴロツキどもを退治する、という赤子の手を捻るよりも簡単な依頼を終えたあたしたちは、自警団からの報酬を手にして小さな宿に帰りついた。
 まずは自分の部屋に荷物や装備品をぽいぽいと置き、すぐさま取って返して隣のガウリイの部屋に行く。あたしが訪れることを見越してかガウリイの部屋のドアは半開きになっていて、ノックもなく無遠慮に部屋に入ればガウリイは軽装鎧を外しているところだった。部屋に入ってきたあたしを気にせずに、彼は続いて上着も脱ぎ捨てる。
「――で、どこが痛いの?」
「おう、ここだここ」
 ベッドをぎしりと軋ませて座ったガウリイが軽く屈み、あたしに背中を見せた。うん、確かに広範囲が赤くなっていて一部には内出血もみられる。
「痛そうね~。ぺぺいのぺい! ってねじ伏せたけど、あんたに怪我を負わせるなんて連中もけっこう侮れなかったのね」
「いや、これはリナの呪文の巻き添えで吹っ飛ばされたときのもんなんだけど」
 ――狭い廃坑の中ではさすがのガウリイも爆風を避けきれなかったようである。
「……ま、たまにはそんなこともあるかもしれないわっ」
「お前なあ……」
 笑ってごまかしつつあたしは治療を開始する。
 手をかざし、癒しの光を当てるところから彼の皮膚は正常の色を取り戻す。一番痛そうに黒ずんでいる箇所もすぐに薄れて消えていった。
 本人申告で「そんなにひどくない」とはいえ、怪我を負ってからもフツーに戦闘をこなして、捕えた盗賊を詰所までしょっぴいて、この宿に帰ってくるまでそのままにしておけるなんてどういう神経してるんだガウリイ。
「痛かったんなら戦闘の後すぐ言ってくれればよかったのに」
「だから、我慢できる痛みだったんだよ」
「ならいいけど、やせ我慢はしないでよ? ……はい、これでよしっ」
「おー。ありがとさん」
 あたしは立ち上がろうとするガウリイを制し、前と後ろとじろじろ見回してチェックする。  ……ん、もう怪我はないようだ。にしても厚い体だ。こうして見てみるとやたら厚みがあるのがわかる。皮膚だってなんだか硬そう。こんなふうにあたしがガウリイの体を見る機会はちょくちょくあったりするけど、治癒は手をかざしているだけで直接べたべた触れているわけじゃないし、どんな感触がするのか、まではわからない。
 ……ンなことを考えるうち好奇心がむくむくと沸き上がってくる。
「ねえ、ちょっとさわってみていい?」
「ん? ああ。どっかまだ怪我があるか?」
「いや、そんなんじゃなくって」
「は?」
 手のひらでぺち、と肩を触ってみる。
「おおー」
 あたしは思わず感嘆の声を上げた。その肌は、皮膚の柔らかさよりも筋肉の硬さを先に感じる。んでもってほんわりとあったかい。女のあたしとはまるっきり違う、剣士らしい、鍛え上げられた無駄のない体。続けてぺちぺちとガウリイの胸板を叩いてみた。
「おい。リナ。何やってんだ……?」
「どんだけ硬いのかなーって。ほんと硬いのね」
「そりゃーな」
 腹筋に軽く拳を見舞う。ガウリイが、うぐ、とか声をもらしたがこの程度は痛くも痒くもないだろう。
「もっと腹筋に力入れてみてよ」
「へーへー」
 すっかり好奇心に流されるまま、ガウリイをサンドバッグかわりに遊んでいると頭上からふうという溜息みたいなのが聞こえてきた。
「色気のない触り方だよなー」
「なによ、ガウリイもそういう状況を期待するわけ?」
「いやぜんぜん期待してません」
「でしょーね」
 あたしは小さく笑いをこぼす。そう、あたしたちの関係に色っぽいことなんて皆無なのだ。だからこうして茶化してふざけて、気楽にやりたいようにしてられるんだし。

 そもそも色気のある触り方ってどんなよ?
 指先だけで軽ーくガウリイの脇腹あたりを撫でた。つうかびっくり、ここまで硬い。あたしの細めのウエストはふにふにの柔らかさなのに。あたしがどれだけ鍛えたってこんなふうには絶対なれないわ……や、なる必要はないけど。こいつに柔らかい部分なんてあるんだろーか?
 そんなことを考えながら指先を這わせ、腹のあたりをく、と押したとき――突然、ガウリイの大きな手が横からあたしの手を鷲掴みに、攫った。
「えっ、あ?」
 どこか痛いところに触れてしまったのだろうか。
 慌ててガウリイの顔を見上げて、あたしは目を丸くする。彼は、あたしの手を掴んだまま苦笑してて。
「リナ、触りすぎ」
 そして、あたしを見るその視線が見たことのない戸惑いを浮かべていて、途端あたしは調子に乗りすぎたことに気が付いた。ぱっと解放された手を自分に引き寄せ、思わず俯く。
 ……えっと。あれ? 何、この気まずさは?
 いつもならぽんぽんと出てくる軽口が何も浮かんでこない。この変な空気を打開するにはどうすればいいと頭を無駄にフル回転させているところで、くしゃりと髪を軽く混ぜられる。顔を上げればガウリイがにぱっと能天気な笑顔を見せていた。
「治してくれて、ありがとな」
「……ん」
 立ち上がって上着を拾うガウリイの側を離れ、あたしはドアノブを握る。ガウリイがすぽっと上着から顔を出して、日常の、いつもの会話をしてくる。
「じゃ、あとで食堂で」
「うん」
 早足に自分の部屋に向かいながらガウリイの急な反応を思い出し、いまさらに自分の行動が恥ずかしくなる。遠慮ない関係だからとはいえ、軽率な行動をしてしまったと後悔した。
 ふと気付けば、じわりと手のひらに汗が出てきている。その手を見ているとさっき触れた皮膚の質感を思い出した。
 ガウリイの――男の、肌。


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