お任せコース

「リナー? 入るぞ」
 ノックに返答もないので、ガウリイは部屋のドアを自分で開けた。鍵はかかってない。そして、昼過ぎに宿に帰ってきた時と寸分も変わらない姿でいるリナに驚いた。
 ベッドに腰掛け、その膝に本を乗せて熱心に読んでいる。
「あれからずっと本読んでるのか!?」
「……ん」
 心ここに在らず、な返事。
 天気が悪くなりそうなので散策もそこそこに帰ってきたが、リナは本屋で手に入れたどこぞの魔道士が書いたという分厚い本に夢中になっていた。
 こうなってしまったら、しばらく動かなさそうだ。
 ガウリイは溜息をついて紅茶と小袋の乗ったトレイをサイドテーブルに置いた。
「マントに装備もそのままって、疲れないか?」
「ん」
 適当な返事しか返ってこない。
 ぽりぽりと頬を掻いて、ガウリイはリナの隣に座った。そして彼女の肘を少し持ち上げるとショルダーガードのベルトを緩めた。
「もう外していいよな?」
「ん」
 なんとなく構造は把握している。
 読書の邪魔にならないよう反対側もベルトを緩め、両方を外してやった。
 ぷちりとマントの留め具も外して引っ張ったが、リナがその上に座っているため取れない。ぐいぐいとさらに引くとやっとリナが腰を浮かしたので尻の下からマントを引き抜き、壁のフックに掛けてやった。
 振り返ってリナを見てみれば、やはり窮屈だったのか腕と肩を少し動かしながら体をほぐしている。
 ガウリイがちらっとその足元に視線をやれば――土や砂のついたブーツも履きっぱなしだ。
「ブーツは……脱いだほうがいいんじゃないか?」
 リナは返事の代わりに右足の爪先をガウリイに向けてすいっと上げた。その視線は本に釘付けのままだ。
「ええー……」
 自分のはまだしも、人の履いているブーツを脱がすというのはなかなか難しいのだ。
 仕方なしに床に座り込んで、ガウリイはリナのロングブーツに手をかけた。片手はブーツの口にかけ、もう片手は細い足首の部分を掴む。そして少しずつ力を入れてじわじわと脱がしていった。一番細い部分を踵が抜ければあとは楽に脱がせられる。引き抜いたブーツを脇に置くと、リナのもう片方の脚が上げられた。ふうと一息ついて、ガウリイは再びブーツに取り掛かる。
「まったく……お前さんは、本に夢中になるとものぐさになっちまうな」
「んー」
 すぽん、と抜けたブーツをもう一つに揃えて置く。
 やれやれと独りごちるガウリイに、視線は本に向けたままでリナが言った。
「イヤリングも」
「は?」
「とって」
「はあ……」
 それっきりまた口をつぐむリナの側に座って、ガウリイは栗色の髪をそっとかき上げた。指先でちまちまと金具を丁寧に緩めて、イヤリングを外してやる。そして反対側に座り直して、そこも同じようにして取ってやる。
「ほれ、これでもういいだろ?」
「……ん」
 一連の行動に少しも動じず、リナはひたすら読書に没頭している。またたきも少ないリナの横顔をぼーっと見ていたが、ガウリイは部屋を訪れた用件をふと思い出した。
「あ、宿のおばさんからおやつにクッキーもらったんだった」
「たべる」
 間髪を容れずの返事。
 はいはい、とガウリイは立ち上がってサイドテーブルをガタガタとリナの近くに引き寄せる。クッキーの入った小袋を持ってリナの横に座り込んだ。
「……食べさせにくい……」
 読書の邪魔にならず、クッキーも食べさせやすくするには――
「こーしよう」
 リナの後ろに回り込んで座った。
 自分の脚にリナを乗せた時にはさすがに読書を中断して座りやすくなるようにもぞもぞとしていたが、すぐに読書を再開する。
「よし、これでいいだろ。リナ、口を開け……ってもう開けてる」
 クッキーを待ってリナの口はぱかっと開いている。そこにガウリイはチェッカーボード柄のクッキーを放り込んだ。リナの口にちょうどいい大きさだ。
 さくさくと小気味いい音を立てて食べるリナの頬をガウリイは斜め後ろからただ見つめる。
「うまいか?」
「ん」
「あとでおばさんにお礼言わないとなー」
「ん」
 飲み込んだのか、再びリナの口が開けられる。急かされる前にとガウリイはすぐさまクッキーをリナの口に運んだ。
 『読書に夢中になるリナにクッキーを食べさせること』にガウリイは無心になって取り組む。
 自分がクッキーを食べることも忘れていたのに気付いたのは、空の袋の底を指先が引っ掻いた時だった。

■ 終 ■
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