ニセカレ

「父ちゃん、お願いがあるんだけど」
「おう、どうしたリナ」
 アルバイトから帰ってくるなり、いきなり「お願い」してきた彼の愛娘だが――なにやら口ごもっている。
 小遣いでも足りなくなったのだろうかと推考して、思わず財布にいくら入っていたっけと考えた。
 愛娘の頼みならカンパしてやらないでもない。彼は甘いのだ。

 言い出しやすいよう、何気ない様子を振舞ってテーブルのコップから麦茶を一口。
「……あのね、かっこいい男の人、紹介してくんない?」
「ぶぼっ!?」
 噴霧となって散るものを、愛娘は素早い身のこなしでかわした。


「バイト先に……なんつーか、まあ、面倒見のいいおばちゃんがいるんだけど……あたしに彼氏を紹介してやるってしつこいのよ!」
「そんなの『いらない』って断りゃいいだろ」
「何度も言ってるわ! でも『まだ彼氏いないの!?』『彼氏がいると生活に張り合いが出ていいのに』『彼氏作るべき。おばちゃんが紹介してあげる』って毎日毎日うるさくて……お節介が過ぎるのよ、とにかくっ」
「あー……いるよなそういう人」
 父親は遠い目をする。人と人とをくっつけたがる世話焼きおばさんというのはいつの時代も存在しているようだ。
「それでつい、実は彼氏がいるから間に合ってますって言っちゃったの。でもぜんっぜん信じてくれなくて」
「まあ、嘘だしな」
「そんな見栄張らなくていいのよ~なんて言われちゃった」
「それで、そのおばちゃんに信じさせるために『男の人を紹介してくれ』ってワケなんだな。偽の彼氏をバイト先に連れていくのか?」
「そう。その人がかっこよかったら、おばちゃんもきっぱりすっぱり諦めるでしょ?」
「かっこいい男、なあ……」
「父ちゃんなら顔が広いから、一人くらい協力してくれそうな人、いるんじゃない?」
「うーん。まあ、心当たりがないでもないが……」
 気乗りしない様子の父親に手を合わせて懇願する。
 渋い顔をしてはいるが、そのうち承諾するだろう。彼は愛娘に甘いのだ。


 リナの計画はこうである。
 父親に紹介してもらった偽彼氏と駅前で落ち合い、そしてバイト先のカフェに二人で訪れてお茶をする。世話焼きおばちゃんのシフトはすでに把握済みである。おばちゃんが通りかかったら「彼氏でぇす」と軽く紹介。リナの彼氏というものが実在することを見せれば、きっと納得するであろう。
「ぅよしっ!」
 気合を入れてリナは待ち合わせ場所の駅前へざかざかと歩いていった。
 相手へリナの写真は送られているので、向こうが見つけてくれるだろう。かっこいいであろう偽彼氏の写真は持っていない。父親に写真が見たいと言ったら、「なんで俺が野郎の写真を入手しなきゃならんのだ?」と不機嫌な顔で断られてしまった。「偽彼氏」とはいえ、娘に男を紹介するのが心底嫌っぽい。連絡先の交換さえ却下された。

「まあ、相手はあたしの写真を見てるはずだからなんとか会えると思うけど……」
 きょろきょろとあたりを見回していると、改札から慌てて駆け寄ってくる人影があった。
「おーすまん! 待たせたなっ」
「は……?」
 見上げるほどに背が高い。明らかに父親よりも高いであろう。
 そして整った眉目に人懐っこい笑み。
 その穏やかそうな表情からは、彼の性格が窺い知れる。
「え……と……あなたがガウリイ、さん?」
「おう、そうだ。よろしくなっ」
 リナの想像と違っていた。ある程度かっこよければ別にいい、と思っていたが、彼を見れば十人中の十人が「かっこいい」というだろう。
 呆然としつつ彼を見る。
 確かに父親にかっこいい人を紹介して、とは言った。それはお節介おばちゃんを諦めさせるためなのだが、ここまでかっこいいと逆に信憑性に欠ける気がする。
「あ、えーっと。リナ、です……」
「おう。……なあ、どうかしたか?」
 表情を引き締めれば、モデルのように近寄りがたい風格になるのだろう。でもリナを見下ろしてふにゃっと笑う顔はまるで大型犬のよう。
(あー……この笑顔だったらちょっとは親近感わく……かな……?)

「で、カフェで彼氏のフリをしていればいいんだよな?」
「ええ、それをガウリイさんにお願いしたくて」
「ガウリイ、でいいぜ」
「じゃあ……ガウ、リイ」
「おー。んじゃ、オレは『リナ』ってよぶぞ」
 ほわっとした、あったかい笑みを見せる。
 その姿はやたら嬉しそうで、リナはぱちぱちと何度か瞬きをした。
「あたしをすぐに見つけられたし、なんだか嬉しそうだし……あたしのこと、前から知ってた?」
「そりゃそうだろ。おっさん――親父さん、とはよく飲んでるけど、家族の話ばっかりしてくるからなー。かといって会わせてくれることは絶対なかったから、これが噂のおっさんの娘か、と思って」
「そうだったの?」
 父親から家族の話はよく聞かされているという。
 初対面なのに、すでに彼にはあれこれ知られている――普通だったら嫌がるところだが、なぜだかむず痒くなってリナはついと視線を逸らした。

 おもむろにカフェに入り、二人で向かい合って椅子に座る。
 勝手知ったるメニューを開いておすすめを説明する。
 メニューに視線を落としながらリナの言葉にうんうんと頷く彼は――やはり、かっこよかった。
 父親の飲み友達だそうだが、いったいどこで知り合ったのだろう。
 まだ注文の決まらないうちに、ターゲットのおばちゃんが血相を変えてテーブルまでやってきた。
「リナちゃん、どうしたの! その人……」
「あ、お疲れ様ですぅ~。紹介しますね。あたしがお付き合いさせてもらってる、ガウリイです」
「どーも」
 おばちゃんは「え、ええ……」と口を押さえ、二人を交互に見る。
「いやいや、そんな~。嘘でしょ? ちょっと年齢離れてるし……」
「嘘じゃないですよ。オレは本気でリナとお付き合いしています」
(おお……びしっと言えるんじゃん……)
 ぼんやりとした返答をしたらどうしようとリナは少し心配していたのだが、ガウリイは意外にも演技派な様子。
「またまたー! 私は信じないわよっ」
 とことん、人の気持ちを配慮せず強引なおばちゃんである。
「いや、あたしたちは本当に――」
 リナの言葉を遮り、おばちゃんは疑いの目でガウリイをねめつけた。
「イマイチ信用できないのよね」
 腕を組み、探偵さながらに思案する。
「そうねえ……もし、付き合ってるんなら……リナちゃんの好物とかわかる!?」
「え……」
 リナはぎくりとし、わずかに眉をしかめた。
 まさか尋問を始めるとは。彼とはまだ会って10分ちょいくらいの仲なのだ。リナの好物をガウリイが知るはずも――
「リナの好物は、食べ物全般だなぁ。好き嫌いはない」
「へっ?」
「くっ……よく知ってるじゃないの……」
 回答はそれでいいのか。
「ちょっとそれってどういう」
「じゃあリナちゃんの家族構成はっ?」
「両親と姉。あと犬が一匹」
「リナちゃんが毎年クリスマスプレゼントにお願いしていたものはっ!?」
「現金」
「リナちゃんがうちのバイトを選んだ理由はっ!?」
「制服がピンクじゃないところが気に入ったから」
「あの。ちょっと。」
 リナの口を挟む隙もなく、二人は質疑応答を続けていく。
(なんで……こいつ、こんなにあたしのこと知ってんの?)
 無難な回答も混ざってるにしても、リナの個人情報をガウリイは知りすぎている。
(まさか、父ちゃん!?)
「くっ……なかなかやるね……じゃあ今度はそっちから、私を納得させられるリナちゃん情報を言ってみなさいッ!」
「あー、そうだな」
 ガウリイはぽりょぽりょと頬を掻いた。
「リナのお尻には、小さい頃にできちまった出来物のアトがある」
 おばちゃんが目を見開く。
「すっかり治ってるけど、ハートの形にうっすら赤くなってて――」
「なっ……なんでそれを知ってんのよー!!!」
 思わず、リナはおばちゃんの持っていたおぼんを奪い取ってガウリイをテーブルに沈めていた。
 気付けばおばちゃんだけでなく、他の客やら店員やらの視線を集めている。
 息を荒げるリナの肩に、おばちゃんがぽむと手を置いた――
「負けたわ……彼と、お幸せに……」


「おーい、リナ。何も食べてないのにもう店を出ていいのか?」
「目的は果たしたからっ! いいのっ!」
 あんなことを暴露されて、次からどんな顔をして出勤したものか。
 怒りに地面をずしずしと踏み鳴らして歩くが、その後ろにガウリイは飄々とついてくる。
「もうっ! 父ちゃんがあんなにベラベラしゃべってたなんて!」
「おっさん、家族自慢が激しいからなー。オレも聞かされてるうちにいつの間にか覚えてたみたいだ」
「あああもうー!」
 家に帰ったら、結果報告をしつつ父親に文句も言わねばならない。
「なんであんたついてくんのっ」
「もう顔見知りになったし、リナとの接触も解禁になったからいいかなーって」
「どーゆーこと!?」
 それからなぜか堂々とリナに会いに来るようになったガウリイから、「偽」の称号が抜けるのもすぐのこと――

■ 終 ■
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