静寂と

※ファンリビネタ

 次元航行艦オリキュレールの修繕は終わり、再出航が可能となった。
 律片の入手に協力したリナは、今後も各世界での探索を続けつつ、オリキュレールへも乗船する。《神》の門を使えば行き来が容易で、自由に行動することができるのだ。
 そしてリナがオリキュレールに初めて乗船した日──自分たちの世界とはまったく違う文明に仰天しながら、興味深く訓練室や食堂などあちこちを見て回る。夜には宛がわれた個室に泊まることとなり、整った空間にリナは飛び上がって喜んだ。

 すっかり夜も更け、操舵室に残っているのは当番のグスタフ一人。モニターを眺めながらぼうっとしているところに、ドアが開いて突然の来客が訪れてきた。
「おやおや、リナじゃないか。どうしたのこんな夜更けに」
 リナの服装はパジャマ姿にマントを軽く引っ掛けた格好だ。眉間に皺を寄せてグスタフをじろりと見る。
「……眠れないのよ」
「あー。それでそんなに不機嫌そうに……寝心地悪いかい?」
「悪くない。清潔だしベッドはふかふかだし。あたし野宿にも慣れてるのよ?」
「えーっと。じゃあなんで?」
「静かすぎる」
「……へ?」
「頭が痛くなるくらい静かすぎるの! 普通だったらねえ、風の音や建物の軋む音、虫や蛙や酔っ払いの鳴き声とかするもんでしょっ。それなのにここはどうよ、な~んにも音がしないし、自分の心音まで聞こえてきて眠れやしない!」
「……そうだねえ、動力もアレだから駆動音すらしないもんなあ、ここ……」
 うーんとグスタフは考え込む。
「かっこよくお酒を勧めたいところだけど、いちおう未成年は禁止っていう艦内の決まりがあるんだよね」
「そうね……規律を乱すのはよくないわ」
「艦内放送で眠り歌歌ってあげようか?」
「えっ……微妙……」
「微妙ってそんな……。じゃあ眠剤」
「慣れない環境ですぐに起きれなくなる状態ってのは避けたいわね」
「わりと細かいなあ」
「普通よっ」
 二人でうーんと考え込む。
 やがて、グスタフは手元にあった紙資料をびりびりと破き始めた。
「なにしてんの?」
「各部屋には通風孔が設置されてるんだよ。強さや向きは調整できるから、この『特製吹き流し』を風のあたる場所に置いておくといい。これでどうだろう?」
「なるほどねえ」
 リナが手渡された紙の吹き流しを揺すれば、それはカサカサと音を立てる。
「無音よりマシだわ。これをどっかに貼り付けてみる。ありがとう」
「いいえどういたしましてー」
 リナの去った操舵室で、グスタフは椅子の背もたれに寄りかかる。少し昔、寝かしつけに苦労した夜があったのを思い出していた。



 あれから時は過ぎ──プリメーラとの決戦の日が近付いていた。集めた律片はプリメーラの居場所を指し示している。
 各々戦いの決意を深めるクルーをグスタフは励まして回っていた。その途中に見かけたリナは──つい先日、仲間に加わったガウリイにオリキュレール艦内を案内しているようだ。
 ガウリイが加わる前でもリナは他の仲間たちと屈託なく楽しそうにしていたが、彼が来てからはほぼいつも二人一緒にいる。様子を見ていれば、それは何も特別なことではなく、きっと世界律が崩壊して離れ離れになる前から自然にしていたことだったのだろう。
「ようようお二人さん、元気かい?」
「わざとらしいわね、グスタフ」
「艦長らしくクルーの様子を確認しているだけだよう」
「あー元気元気、なにも問題ないわ」
「だよなー。夜もぐっすり寝てるし」
「そうかいそれはよかっ……んン?」
 返答を聞いて、グスタフはふと違和感を覚える。
「ガウリイ、きみはここで夜寝れてるのかい?」
「おう。少し狭いけど寝心地いいぞ」
「きみは環境が変わっても眠れるタイプなんだろうね。リナはここに訪れた日の夜、眠れないって私にぼやいてたよ」
「そうなのか!? リナ、夕べだってすやすやよく寝てたよな?」
 ガウリイは隣を見下ろし、リナと目を合わせる。
「あーうん、これは──」
 グスタフが神妙な顔をした。
「──人が側にいるとよく眠れるってパターンか」
「え゛っ! なっ、ちがっ、誤解!」
 リナがはっとして、慌てて弁解を始めた。
「いいっていいってー。私は不純異性交遊にまで口出しする権利ないんで。好きにやってくれていいんだよ」
「話してたら寝落ちしただけなんだってば!」
「うんわかった」
「棒読みだな……」
「あ~もう~」

 本当のところはわからない。
 だが、リナとガウリイは互いにかけがえのない存在である──ということに、間違いはないだろう。

(私にも、側にいて欲しい人が……どうしても会いたい人がいる。クルーのみんなを危険に晒してでも、絶対に会いたい)
 グスタフは右目の眼帯に触れた。
「さ、行かなくちゃ」
 誰にともなくつぶやいてグスタフは歩き出す。死地は近い。

   終


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