可変のモノ 8森は清々しさを取り戻していた。 ところどころ荒れてはいるが、またすぐに植物が生い茂り戦闘の傷跡を消していくだろう。 あれから、連中を役所に突き出し、聴取や魔道士協会仮本部への報告などに追われる日々が続いた。しょっぴかれた評議長以下役員は全て解任され、この街の組織は一新されるだろうとリナは言った。連中は初めから支払う報酬は踏み倒すつもりだったらしいが、きちんと契約書を書かせていたため無事に請求することが出来、リナはほくほく顔だ。報告書もまとめて保存されていたのでこれを元にレポートを仕上げて提出すれば、貴重な資料としてリナの評価がまた上がるのも間違いない。 そんなこんなで――さまざまな処理をひと段落させ、二人が再び森に踏み入ることができたのは数日後だった。 「会ってもらえなくても仕方ないわよね。 それだけのことしちゃったんだから」 静かな湖を見渡し、リナは神妙な顔をして呟いた。離れず側を歩くガウリイがちょいちょいとリナの肩をつついた。指差す方向から、見慣れた大きな影が近付いてくる。 「寂しいことを言ってくれるな、リナ」 「グローバ!」 駆け寄ってリナは彼の首に縋るようにして抱き締めた。 体のあちこちがまだ黒ずんで痛々しい。ガウリイやリナのダメージを治してくれたが、自分の怪我までは治せないのだ。 リナは汚れてしまった毛並みをゆっくり撫でて労わる。 「ごめんね。ひどい目にあわせて」 「謝るのは私のほうだろう? いろいろあのくらげ男に大口を叩いておきながら、リナを守れなかったんだ……自分で自分が情けない」 「……それ言うなら、オレだって。 オレが一人でリナを行かせなければこんなことにならずに――」 どんよりとした空気が流れ、項垂れてしょぼくれる一人と一頭。彼らを交互に見やってリナは慌てて慰めた。 「ちょ、ちょっと! なに二人して落ち込んでるのよ! 悪いのはあたしじゃない。グローバにすんごい迷惑かけて、ガウリイには心配させて」 「リ、リナが自分の非を認めてる!?」 「うるさい! あたしだって気が向けば謝るときは謝るわよ!」 茶々を入れてくるガウリイを、スリッパで容赦なくはたく。 「……気が向けばなのか……」 頭を抱えて痛みに蹲るガウリイをリナはふんっと怒りながら見下ろしていたが――グローバに向き直り、居住まいを正す。そして言いにくそうにしながらも、口を開いた。 「それに……本当はユニコーンの調査なのに、それを隠してグローバに近付いた。そうしなければこんな騒動は起こらなかったかもしれないのに。 あたし、あなたを騙してたの」 「気付いてたよ」 「「……へ?」」 リナとガウリイの声が重なる。 「リナみたいな旅の魔道士が、そういう理由もなしに頻繁に私を訪れたりしないだろう? 気付かないわけがない。でもリナは純粋に私と過ごす時間を楽しんでくれていた。私もそれが嬉しかった……だから研究対象でも、それでいいと思ってたんだ」 グローバは穏やかに言うとリナの頬に鼻先を摺り寄せる。リナは慣れた手つきでグローバの顔を撫で、もう一度「ごめんね」と繰り返す。 「目先の問題を見ないふりして『今がよければいい』って考えさ。 お前に説教できる立場じゃないな」 ガウリイを見ながらグローバは自嘲する。説教という言葉にリナが首を傾げたが、ガウリイは黙ったまま微笑した。 「時の流れは残酷だから。私がずっと変わらないままでいられても、人間はそうはいられない。そう思って、今だけ、とリナに甘えてた。 ……もう旅立つんだろ? そしたらこの先、もうお前たちと会うことはないだろう」 「そんな」 口に出したものの、先を続けられずリナは口を閉じた。 ガウリイにもわかっている。 いつかまたこの森に来たとして、自分たちが何も変わってないとは断言できない。町並みや木々が変わらずにいても季節は移り変わり人は年を取り、きっと変化している。おそらく自分たちの、関係も。 「変わりゆくものと変わらないものがある。 私たちは別れる運命にあるが――リナを愛するこの気持ちは変わらないよ。 ありがとう、楽しかった」 「……うん」 別れのときが近付き、静かな空気が流れた。 グローバがガウリイを一瞥する。 「お前が羨ましいよ。ずっとリナの側にいられるんだから。 ……まあ、今のままじゃあ努力が必要だと思うが」 「グ、グローバ!?」 「……努力が必要ってどういう意味だ!」 「このままちんたらしてたらリナを他の男に取られかねないってことさ。な、リナ」 「へっ、えぇっ? な、何の話ししてんのっ!?」 「そんなことないぞ! オレたちは近々一線を越えてやるっ」 「がががガウリイっ!?」 唐突な宣言にリナが目を白黒とさせた。 そんな彼女の戸惑いを置き去りに、彼らは勝手に熱くなっていく。 「ほほお。私よりもリナのことを知らないくせに?」 「はっ! あれは問題が悪かっただけさ……これはどうだ! リナの顔の、どこにホクロがあるか知ってるか!?」 「額に二個だろ?」 「なぜわかる!」 「見ればすぐわかるだろうが」 「くそっ! オレはなかなか気付かなかったのにっ!」 「節穴だな……」 敗北にガウリイはがくりとくず折れたが、再びグローバを睨みつける。 眼光がぎらりと鋭くなった。 「じゃあこれはどうだっ! リナが持ってる下着で、一番多い色は何色かわかるか!?」 「な、なっ!? なに言ってんのよあんたはああああ!?」 言われ――グローバは真剣に考え込む。 「むう……前にリナが水浴びした時の下着は白だったが……」 「えっ!? リ、リナが水浴び!?」 驚いたガウリイが振り返り、リナの両肩をがしっと掴んで、揺さぶった。その表情が切羽詰まっている。 「お、お前っ、こいつの前で下着姿になったのかあああー!?」 「ああそうだぞ。前に湖で戯れたんだ。 あーそういえば太ももにもホクロがあったなー」 グローバがしれっといい、くくくっと優越感に浸った笑いを零した。 リナのホクロを想像し、顔を赤くしたガウリイが鼻を押さえる。 「下着姿……湖で戯れ……そんなハードルの高いことを!!」 「ふはははっ! 悔しいか! お前にはあと何年かかるかなっ!?」 「ちっくしょおおお!」 「あんたらなああああ!!」 ――その日、静かになったはずの森に再び爆発音が響いたとか響かなかったとか。 ■ 終 ■
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