可変のモノ 1このところガウリイは退屈だった。 リナは魔道士協会から受けたという依頼にかかりっきりになり昼間は不在で、夕方にならないと宿に帰ってこない。それまではと街を散策したり剣の鍛錬をして暇をつぶすものの、数日も続くと一人でいるのに飽きてたまらない。 そのうち夕方になるとガウリイは魔道士協会へ足を運ぶようになっていた。 リナを迎えに行くのが日課になりかけている。果物屋の前を通るとおばちゃんから「今日はちょっと早いねえ」と言われた。協会前の、門がすぐ見える花壇の縁に腰掛けてリナを待つ。ガウリイは日常のものとしてこの街の光景に溶け込みつつあった。 通行人は座り込んでぼけっとするガウリイには目もくれず家路を急ぐが、遠巻きにガウリイを見守る女性のたちの視線は熱い。間の抜けた表情であっても恋心を抱く彼女らにはよく見えるものらしい。 しかし、待ち人を見つけてぱあっと顔を輝かせるガウリイを見ては彼女らは深く溜息をつくのだった。彼にこういった表情をさせるのはたった一人だけだと、もう知れている。 ガウリイがリナを待つ位置はこっちからもむこうからも見やすくなっている。そしてガウリイを見つけてやってくるとき、リナの髪の色が夕日によく映えて見えるのでガウリイはこの場所がお気に入りなのだ。 夕日は柔らかい陰影をリナの顔につくる。ガウリイは彼女を見下ろして破顔する。 「――よう、リナ。今日はどうだった?」 「ん〜、相変わらずよ。この研究、もうちょっと時間がかかりそうなの」 「へえ。じゃあ変なおっさんたちとまだ組まなきゃならんのか?」 「そうなのよ! 今日もしょーもない質問してきてあたしの粗探ししようとするし。ま、天才魔道士に嫉妬してるんでしょうけど。あとセクハラおやじみたいのもいるし、あーもう」 ガウリイと並んで歩きながらリナは愚痴をこぼす。 よくこの短気なリナが一日中耐えられるものだとガウリイは密かに感心した。それほど報酬がいい額なのだろうか? 「だからオレがついてってやろうかって言ってるのに。そしたらちょっかいは減るだろ?」 「そうかもしれないけど、仕事の邪魔よ! それにあんた、何もできないのに自分の役割を協会の人たちにどう説明するつもりよ」 「そりゃお前さんの『保護者』だって」 「却下。あたしをいくつだと思ってんの?」 見上げて睨み、唇を尖らせるリナにガウリイは笑った。 確かにもう保護者がいる年齢では――もう子供では、ない。出会った頃に比べて背も少し伸びて、手足がすらりとしてきたように思う。体つきは丸みを帯びてきてるし、肩や腰の曲線に注がれる視線をガウリイが遮ることも増えてきた。それだけでなくただ無邪気だった表情もどこか大人びてきて、それは時々ガウリイを落ち着かなくそわそわとさせる。 (子供じゃない……けど、大人ともいえないんだよな) 何も言わず彼女の髪をかきまぜた。すべすべとした髪が指にわずかに絡まって、すぐほどけていく。 そのうち嫌がるリナに手をはたかれる。 翌日、ガウリイは恒例を破ってめずらしく昼前に魔道士協会を訪れていた。 途中の果物屋のおばちゃんはガウリイの姿を見てあらどうしたの、と不思議がっていた。別にたいした理由があるわけじゃない。ただ気が向いて、たまにはリナと昼食を取りたくなったのだ。 懐の財布を確認する。暇な時間に単発で請け負った仕事の報酬があるので、おごってやると言えば急に押しかけてもリナは嫌な顔はしないだろう。 いつもは正面から門を見ているだけの魔道士協会の敷地に踏み入った。門から入って建物全体を見渡してみるとここはそれほど大きな支部ではなさそうだ。ドアを開けてすぐにある受付の男性に「リナ=インバースを呼び出してくれないか」と話しかける。 「リナ=インバースだったら、夕方前にならないと来ないけど」 「……へ? 今日はどこか外に出てるのか?」 何を言っているんだこいつは、という訝しげな表情を職員は隠さない。 「いや、いつも夕方前にしか来ないんだよ、彼女は」 「夕方前? なんで? あ、もしかして外で研究してるのか? 協会の人たちと」 職員は首を傾げるガウリイを迷惑そうに見遣る。忙しさをアピールするように手元の書類をとんとんと一つにまとめ、これで最後というように強く言った。 「リナ=インバースはいつも一人で、ここには報告しに夕方来るだけだよ」 一人で? リナの話では、協会でおっさん数人と共同の研究をしているはずだ。 協会にいないなんて、いつも聞いている話と違う。 なにか極秘の研究で自分にすら話してはいけない理由があるのだろうか? なんで、どうしてと考えながらガウリイはそれでも自分にいいようにしか想像できないことに気付いた。 少し、ショックだった。リナに嘘をつかれていることが。 いつも通り夕方にはリナと会う。昼間、協会にリナを訪ねたことは言わないでおいた。 そして夕飯を食べながら「明日は昼食をいっしょに食べないか?」と誘ったがやんわり断られた。「途中で抜け出したら集中が途切れる」とかそんな理由を彼女は言っていたけれど、実は夕方以外は協会にいないのだという事実はやはりその口からは語られなかった。 「あの協会ってわりと小さいけど、どこかに研究室があるのか?」 「そうよ。地下が書庫、一階に談話室や執務室があって、二階に研究室がいくつか」 「リナはいつもそこにこもりっきりなのか?」 「ええ」 言ってごく普通ににこりと笑った。ガウリイが疑心を抱いているなんて、これっぽっちも予想してないようだ。 (なぜオレに隠す必要があるんだ?) あれこれ考えるのは苦手だ。 翌朝「じゃ、行ってくるわね」というリナを見送って数十秒あと――ガウリイは彼女の後をつけ始めた。
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