3つの…

 近道になりそうだと林を突っ切った先には農村地帯が広がるばかりで、ぽつぽつと民家の点在する光景を見てリナは後悔した。当然ここらには宿屋なんてものはなく、仕方なしに二人は訪れた農家に頼み込み、納屋を貸してもらうことになったのだった。
 物置になっている納屋は狭っくるしいが、民家には二人が横になる場所はなさげだったし、毛布も貸してくれたのだから贅沢は言ってられない。
 ごろんと二人で並んで寝ながら、リナの灯した天井の弱い光を見る。
「隙間風が寒いわ」
「もっと毛布、借りてくるか?」
「……いい。もう寝具はないようなこと言ってたし」
 こんな田舎には滅多に訪ねてくる人もいない、と納屋を貸してくれた農夫が言っていた。きっと余分な寝具は揃えてないのだろう。
 マントに毛布を重ねてくるまっているが、下の床も冷たくてどんどん体の熱を奪われていくようだ。リナは背を丸めて縮こまり、ぶるぶると震えた。
「おい……リナ、大丈夫か?」
「うーん。この納屋で燃やしていいものってないかな?」
「やめろよ、暖炉もないのに。火事になる」
「冗談よ。とにかく寒いけど、もうちょっとしたらあったまってくるんじゃないかな。たぶん」
 寒さに声が上ずるが、ガウリイと話をしている方が気がまぎれた。
「そういえば……どこの町だったかしら? 宿のおばちゃんから聞いたんだけど、体をあったかくするには三つの首を温めるといいんだって」
「へ? 三つって……オレとお前しかいないし……あと一人どうするんだ。さっきのおじさんか?」
「ちっっがうわよ! 三つの首ってのは自分の『首・手首・足首』のこと!」
「あーなるほど。なんだ、それか」
「そうそう」
 言いながら自分の手や足を擦り合わせてみるものの、ひんやりと氷のように冷たくてすぐには温かくなりそうにない。着込める衣類はすでに身に付けているし、これ以上温める術は思いつかず、リナはぶるっと震えた。
 ここは、眠りに入るまで寒さにただ耐えるしかない。
 じっとそう考えながら目を閉じていると、ガウリイが「リナ」と呼びかけてきた。
「なによ?」
 見れば、ガウリイは毛布の片側だけ開けてちょいちょいと小さく手招きをしている。
「こっちくるか?」
「へ……」
 ガウリイは何気ない自然な態度で――保護者らしく優しく――リナに魅惑的な提案をしてくる。
(あんたはあたしの父親か兄のつもり?)
 人のいい微笑を浮かべるガウリイに下心は微塵もないのか、と少しばかり疑問を持ちながらも、我慢の限界だったリナはガウリイの懐に遠慮なく潜り込んだ。
「あったかああああい!」
「うわっ、リナはほんとーに冷たいな」
 包み込むように毛布をかけ直してぽんぽんと背中へ腕を回してくる。リナの手足はその先まで痺れるように冷えているというのに、ガウリイは風呂から出てきたばかりのように温かかった。
「ガウリイってなんでこんなにあったかいの?」
「さあ?」
「ま、わかんないわよね」
 薄い毛布よりもガウリイの側にいるほうがずっと温かい。自分に巻きつけていた毛布をはいで、二人を覆う毛布から体がはみ出さないようにもぞもぞとしていると、ガウリイがリナの両方の手首を掴んできた。
「どれ」
「……? なによ」
「三つの首をあっためればいいんだよな?」
「え。えーっと……」
 ガウリイの大きな手は確かに温かい。
 でもこうして向かい合って両手首を掴まれていると、「温めてもらっている」というよりはまるで拘束されているみたいだった。
「リナの手、細いなぁ。足首……は足に挟むか」
 そう言うや、ガウリイは足でぐいぐいとリナの細い足をかきよせて、挟み込むように絡ませてきた。
「こ、らっ、ガウリイ!」
 無理矢理ではないけれど、振りほどくには苦労する程度の力加減で抑え込まれてしまう。ふざけているのか、それともただの天然で悪気ない行動なだけなのか――問い詰めようと睨み付けたものの、予想外のガウリイの真剣な表情にリナはひるんだ。さっきまでの穏やかな微笑はどこにいってしまったのか、暗がりの中でガウリイは食い入るようにリナを見つめていた。
「がう……」
「次は、首な」
「だめ、やめっ……」
 手と足を拘束されたままのリナの首元に、ガウリイが顔を寄せてきた。首に触れる彼の髪と、微かな吐息の後に柔らかな唇の感触を皮膚に感じて、リナは跳ねた声を上げてしまった。
「首をあっためるの、難しいな」
「ガウ、リ……やめてそこでしゃべらないでー!」
 寒気とは違うぞくぞくとした震えが体に走る。ガウリイを押しのけようとするものの、手も足もとらえられていて思い通りに動かせない。覆いかぶさるガウリイに首を舐められ、吸われ、リナは細く悲鳴を上げた。
 とっさの呪文も出てこない。ただ、恐ろしく早くなった自分の鼓動が全身に響いている。
「リナのからだ……」
 やっとリナの首から顔を離したガウリイがぽつりとこぼす。
「ぜんぶ熱くなってる」
「……え?」
 熱にのぼせる頭でぼんやりとガウリイを見ると、彼はリナの手を取って自分の頬に当てた。
「指の先まで熱いくらいだ。効果抜群だな」
「そもそも……こーいう意味じゃないしっ……」
 言われてみれば、寒かったことなんてすっかり忘れていた。
「ガウリイのせいよ、もう。熱すぎ」
「オレもだ」
 言って、再びガウリイはリナの体を引き寄せる。
 激しい鼓動は収まりそうにもなかった。


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