待ちぼうけ

寝る前の用足しを終えて、あたしはスリッパの足音を小さく鳴らしながら宿の廊下を歩いていた。つきあたりにあるあたしの部屋の一つ手前、ガウリイの部屋をちらと見てあたしは足を止める。扉がほんの少しだけど、開いている。
「ガウリイ?」
扉を引き、灯りもなく真っ暗い部屋をそっと覗き込む。窓側の端に置かれているベッドの上で、くうくうと寝入るガウリイの気配を感じた。
「不用心ね!」
戸締りはきちんとしなさいと口を酸っぱくして言ってるのに、まーたこいつは鍵をかけず、さらには扉をまともに閉めもせずに寝ちゃってるし!
物取りに狙われたらどーするつもりなの……。
まあ、不審な気配がしたらガウリイはすぐに気付くんだろうけどさ。
「ちょっと、ガウリイ! 鍵をかけてから寝なさいよ」
「ぐう……」
呼びかけてみるが。
だめだ、熟睡してて起きる様子はない。
仕方ない、ここは優しいリナちゃんが封錠の呪文でも使って鍵をかけてあげようかしら?
――しかし、あたしは思い直す。
廊下側から呪文で鍵をかけてしまったら、再び扉を開けるにはまたあたしの呪文が必要になる。朝、ガウリイがあたしよりも早く起きて、もし扉が開かなかった場合……早まって剣で扉を斬り破ってしまう恐れがある。
「無意味な出費は控えたいわね」
光量を抑えた明りを部屋の中央に放り出し、部屋の鍵を探してみた。
「まったく、なんであたしがこんなことを」
ぶちぶち文句を言いながら探したが、鍵は見当たらない。
どこに置いたの、いったい!
「あーもう! 探すの、やーめた!」
このままほっといて、ただ扉を閉めて自分の部屋に戻ってしまおう――そう思ったとき、ひらめいた。
「そうだ、あたしが窓から出ちゃえばいいんだわ」
扉を閉めると部屋の鍵を内側からかけ、あたしはベッドに寝るガウリイを跨ぎ、なかなか大きい造りの窓を開けた。
天気の良い夜空には星と少し欠けた月が物静かに光っている。
振り向けば、さっきからあたしがごそごそしているというのに、いまだに熟睡しているガウリイが落ち着いた寝息を立てていた。
「のんきなもんね。乙女が自らベッドにきてくれる機会なんてそうそうないわよ」
ガウリイを見下ろしていると、壁際に無造作に伸ばされた彼の腕がふと目に入る。つついても起きなさそうなガウリイの様子と、ほんの少しの好奇心から……あたしは、彼と壁との狭い隙間にころっと寝転がった。一人用のベッドだけど、あたしが体を横にすればその隙間にちょうど入ることができる。
ガウリイの太い腕にそっと頭を乗せてみる――起きる気配は、ない。
「んー……なんかちょっと……」
腕枕というものに興味があったんだけど、イマイチ収まりが悪い。どこかいい位置があるんだろうかと頭を動かすものの、安定しないので首の向きがおかしくなってしまう。
「イメージしてたのと違うわね」
硬いし、ぐらぐらするし。
試行錯誤するうち、ガウリイの胸の少し上あたり、肩口に頭をくっつけるようにするとちょうどいい感じになるのを発見する。
「あ、これだったら眠れそう」
このまま眠るつもりはないけど。
けっこう密着するのね。寒くなってきたらあったかくてもっといいんだろう。
そして、ガウリイの匂いがとても近い。
風呂に入り、同じ宿のパジャマを借りて同じシーツを使っているというのに、どうして彼は彼の匂いがして自分と同じではないのだろう?
使っている石鹸の違い? いや、こないだ同じ石鹸を買ったし、確かに石鹸の匂いもするけどそれだけじゃないのよね。
鼻先を押し当てながら考える。まあでも嫌いな匂いじゃない。むしろ好きかも。この匂い。 じっとしていると、ガウリイの寝息や鼓動があたしの体を伝ってくるのを感じることができた。
あたしの頭の重さのせいか、ガウリイがもぞもぞと身動ぎする。それからすぐに――ガウリイの寝息が詰まるように、一瞬止まる。
「……リナ!?」
「ん?」
狼狽した声に顔を上げれば、視界いっぱいに目を丸くしたガウリイの顔がある。
「なななんで? なにが!?」
がばりとガウリイが起き上がった拍子に、あたしの頭はこてっと枕に落ちる。ガウリイはわけがわからない、といった表情のまま後ずさる。
「そんな驚かなくったって。何でもないのよ、ただ腕枕を……あっ、落ちる」
「わあっ!」
みっともないほどにうろたえたガウリイが、驚きの顔のままベッドの下にどすんと落下した。
「えっと、大丈夫?」
「ここオレの部屋だよな……なんでリナがいるんだ?」
ベッドから見下ろすあたしに、きょろきょろと周囲を見回してガウリイは不機嫌な声音で言う。
「そもそもねえ、鍵もかけずに寝るガウリイが悪いんだから! あたしは親切心で鍵をかけてあげようって思っただけだもん!」
きっぱりと言い切ってベッドに立ち、あたしは窓枠に片足を乗せた……けど、思い直して部屋の扉に向かう。
まだ床に座ったままのガウリイに
「鍵、しめてから寝るのよ」
言って、扉から自分の部屋へ戻ったのだった。


「ちょっと、なんでよ!?
 ちゃんと注意したのになんでいつも鍵かけてないのっ!?」
どーしたことか、ガウリイはあれから寝る時に一切鍵をかけなくなってしまったのだ。暗い部屋の中で、仕方なく鍵を探してもやっぱり見つかんないし。もう遠慮しないでスリッパでぶっ叩いて起こしてるけどさ。
「何で前みたいにしてくれないんだ……」
「なんか言った?」
「いや別に」



ハネムーン症候群てあるよね。(腕枕しすぎたらなる)
ハネムーン膀胱炎てのもあるらしいよ。(しすぎたらなる)
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