クネヒト in パラレルランド

「もう! 大家さんにめちゃくちゃ叱られたじゃない!」
「お前さんが夜からいきなり筋トレとか始めるからだろ」
「そろそろ水着のシーズンなんだもん。あんなのたいした騒音にならないわよ! あんたの歩く足音のほうがうるさいのよ、いかにも一戸建てで育ったボンボンねっ」
「いや、リナだって実家は一戸建てだろーが」
「あたしの軽やかな足音なんて騒音にならないわ」
「あのなあ──」
 ガウリイの言葉が止まる。リナがガウリイの視線を追ってみれば、二人の正面に不審人物がいた。この暑いさなかに、もこもことした黒いコートを羽織り、フードを深く被ってその顔は口元以外は隠されている。『怪しい男』であることは確実の風貌だった。
「なに? あたしになんか用?」
 恨まれる心当たりなら山ほどある。リナはじろりとガンを飛ばしてみるが、隣に立つガウリイはさほど警戒していない。どうやら不審人物にこちらへの害意はなさそうだ。
「リナよ、お前は──」
 低めの、暗さを感じさせる声音。
「──この『世界』で、ちゃんとガウリイと出会えたのだな。心の底から信頼できる男に」
「なんであたしの名前知ってんの? ガウリイ知り合い?」
 ガウリイに聞いてみるが、ぶんぶんと顔を横に振る。彼の記憶力に期待はしてないが、ガウリイも思い当たるふしはないようだった。
「にしても、なによ『信頼できる人物』って……」
 自分たちのなにを知っていて、この怪しい男は声をかけてきたのだろうか。
「ウッ……よかった……本当に、よかったな……」
 俯く男の頬に光るものが見える。
「……な、泣いてるみたいだぞ?」
「どの世界にいても、支え助け合い、信頼しあう二人……ウウッ」
「なんか不気味だな……」
 ガウリイの率直な感想にもめげず、怪しい男は「よかったよかった」とつぶやいていた。
「どうにも辛気臭いし……なによ、用件あるならさっさと言ってちょうだい」
「直接の用件はない」
「はあっ!?」
「私はクネヒト……クリスマスを裁定する者」
「クリスマスを裁定? それってサンタクロース?」
「季節外れだなー」
「オフシーズンなので異世界のガウリナを探してみようと思ってな。ガウリナからしか接種できない養分というものがある」
「ガウリイ、あの人なに言ってるかわかる?」
「……リナがわからないものをオレが理解できるわけないだろ」
 困惑する二人をよそに、クネヒトは心臓を抑えながら、「尊し」と唸る。
「やはり我々の世界の『ガウリイ』を一刻も早く発見するべきだな……いやパラレルガウリナはまた固有の良さがあり──」
「ねえねえ」
 なにやら思案しているクネヒトに、リナがにやりと笑いながら話しかけた。
「あなたサンタさんなんでしょ? だったらなにかちょーだいっ」
「うわ、あさましいなリナ……」
「うっさいわね!」
 クネヒトの口元が歪んだ。どうやら笑っているようだ。
「いいだろう。なにが欲しい?」
「えっとねえ、家!」
「家!?」
「リナ、お前なあ……」
 クネヒトは膝をついて座り込み、荒い呼吸をした。
「ふ、二人が暮らすための家を私が準備……! なんという僥倖」
「なあリナ、やっぱこの人ちょっと変だぞ」
「別にいいじゃない、悪い人じゃなさそうだし」
 リナはクネヒトの前に座り込み、「チョーダイ」を繰り返す。
「わかった──お前たちに最適な家へ、私の力で導こう」
「どういうことだ?」
「トップサンタとて、物質を無から生み出す力なぞない。あくまでも誘導するだけなのだ」
「なあんだ」
「さあ、希望を言え。平屋か? 何階建てだ? 間取りは。あと立地の希望。コンロの数はいくつにする?」
「──不動産屋?」
 ガウリイの困惑をよそに、リナは嬉々として要望を言い始めた。
 家をくれるって、どこまで? 上物だけ? 土地は? 固定資産税は誰が払うんだ?
 なにやら「子供部屋の数」とかそんな単語まで飛び交っている気がする。
「あ、あのな」
 クネヒトとリナが揃ってガウリイを見た。
「……オレはガレージがあればあとはなんでもいい」
 ガウリイは考えるのをやめた──

おわり

ファンリビ、クネヒトを生み出してくれてありがとう……君のことは忘れないよ
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