かたちづくる

 日陰は風が涼しい。ガウリイは中庭の大木に腕を組んでもたれ掛かりながら、対峙する二人をただぼんやりと見ていた。
「……リナは俺よりもガウリイさんのほうを選ばれる、と?」
「そうよ」
 リナの正面に立つのは、この魔道士協会の研究員とかいう男で。ガウリイは彼の名前を忘れてしまったけれど、この一週間ほどリナと親しくしていた男だった。
 リナによると魔道の知識が豊富で研究熱心、性格も気さくで明るく、彼と話をはじめたら時が経つのもあっという間、ということだった。すっかり意気投合した二人は何度か食事もしている。ガウリイも加わって三人で食事をしたこともある。研究関連の話ばかりでさっぱりついていけなかったが。
 そして、リナがこの街での仕事や用事(趣味の盗賊いぢめ含む)をあらかた終え、この街を出ると魔道士協会に伝えに来たところ、研究員の彼がリナを引き留めた。

 リナが好きだ、連れとは別れてこの街で自分と暮らさないか、と――。

 協会の中庭に呼び出された時点で薄々そんな予感はしていたが、ガウリイ自身もいる前でよく言えたもんだ、と研究員の度胸に感心する。実際、ガウリイとリナはまだ恋仲ではないし、自称保護者なのだと彼にも説明していた。リナと親しくするうちに自分にも勝算があると踏んだのだろうか。

 しかし、リナの返答はあっさりしたもので。
「えーっと。気持ちは嬉しいけど、あたしは旅をするのが好きだし、相棒は今のとこガウリイ以外に考えられないから」
「ええっ!?」
 フラれたことが意外だったらしく、研究員の彼は「そんな」とよろめいた。
「……ここの図書館に、まだ読んでない本がたくさんあるって言ってたじゃないですか」
「そりゃそうだけど、他のいろんな街にも行ってみたいし」
「この街が気に入ったって……」
「気に入ったからって住み続けたいわけじゃないわ」
「じゃあ、俺のことはどう思ってるんですか」
「話の合う人、かな」

 きっぱりしたリナの言い分に研究員ももう諦めるかなとガウリイは思ったが、彼は露骨に悪感情を表してガウリイを睨んだ。ガウリイは何となしに姿勢を正す。

「――俺よりもガウリイさんがいいんですか?」
「いいもなにも。ガウリイとは相棒としてあたしと長くやってきたから、比較するような話じゃ……」
「でも。俺と話していると楽しいと言ってたじゃないですか。ガウリイさんは人の名前を全然覚えないし、話もきいてない。少し難しい話をしたらすぐに寝るし。どこがいいのかわからない」
 彼の言葉を聞いて、リナはむっとする。
「ガウリイのことを、一面だけ見て判断して欲しくないわね」
「いい人かもしれない。でもあなたにはふさわしくない人だと……」
「そんなことない」
 リナがきっぱりと言う。声こそ荒げてないものの、彼女が激しく怒っているのが離れて見ているガウリイにもわかった。
「あたしがガウリイといるのはあたしが決めたこと。それを否定される謂れはないわ」


 結局は剣呑とした雰囲気のまま、その場でリナは研究員と決別した。
「なんか最後に悪い雰囲気になっちまったなー」
 街道を並んで歩きながらガウリイは言う。
「あんたもあんたよ! あんなふうに言われて少しは言い返そうとか思わないの!?」
「最初に口出しするなってオレに釘さしたのリナだろーが」
「うっ……そうだった」
「でもリナがああ言ってくれて、なんだか嬉しかったな」
「のほほんとしたもんね」
 あきれて隣を見上げてくるリナと視線が合う。研究員の男と言い合っていた時は、まるで毛を逆立てた猫のようだったと思い返しながらガウリイは彼女の頭をくしゃりと撫でた。
「リナ、すげー怒ってた」
「そりゃ怒るでしょ! むかつかない!?」
「そ、そうなのか?」
 怒りがぶり返したのか、リナが険しい顔をした。
「あたし、誰かと連れ立ってもいつも短期間で、こんなに長く一緒にいるのはガウリイくらいだわ」
「……そうか」
「ここ数年、あたしの過ごしてきた『時間と空間』にはいつもあなたがいるから、『ガウリイ込みの記憶』が多いわけよ。それ考えたら、今のあたしの一部はガウリイで構成されているって思えない?」
「は? ……オレで?」
「そうよ。ほんの一部だけどね!」
 リナは親指と人差し指で小さい幅を示した。
「あたしの一部であるガウリイを……馬鹿にされたら、むかつくの。当然だわ!」
 リナの言い分を聞いて、ほわっとガウリイは笑う。

 そうか、自分はもうリナの一部になっているのか。

「その理屈だったらオレの一部もリナでできてるんだろうな」
「かもね」
 いまさらに恥ずかしくなったのか、リナはそっぽを向く。

 互いの一部は互いで形造られている。
 それがとても幸せなことに思えて、ガウリイは相好を崩したまま、リナの隣を歩いた。

■ 終 ■

もう付き合っちゃいなよ!
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