一歩進んで一歩下がる

「はい、治癒終わり!」
 リナはガウリイの背中をばちっと叩く。長い髪は前に流し、リナといっしょにベッドに座っていた彼は「いてっ!」っと声を上げた。
「にしても硬い背中ねー」
「そりゃ、鍛えてるからな」
 へーと言いながらリナは裸の背中をじろじろと見る。無邪気な視線だが、ガウリイは皮膚があわ立つような感覚を覚えた。
「……僧帽筋」
「うあっ!?」
 不意につつーと細い指先がガウリイの背中をめぐる。
「ここが広背筋でしょー」
「やめっ……くすぐったいだろうがっ!」
「で、ここが脊柱起立筋でー」
「どこ触ってんだ! えっち!」
 くすぐったさにうひゃうひゃとガウリイは身を捩る。
「もー、じっとしなさいよ!」
 リナは今度は、広い背中に指先で文字を書く。
「……『く』?」
「そうそう」
 ガウリイは、自分の皮膚に触れる彼女の指先を必死に追う。
「『く』……『ら』……『げ』っ!?」
「あったりー♪」
「お前なぁっ!」
「わきゃーっ!」
 ガウリイはがばっと向き直り、笑うリナにやり返そうと彼女をベッドにうつ伏せに押さえつけた。そんなに力は込めてなくて、本当に軽くやっただけだ。笑いながらじたばた暴れるリナに馬乗りになり、その細い腰に微かに手が触れる。
「やぁっ……」
 ガウリイは驚いた。
 たぶん、彼女も同じように驚いているだろう。その口からそんな甘い声が出るなんて。うつ伏せで顔は見えないが、髪の隙間から覗く彼女の耳がほんのりと赤くなっている。
「あ、あの、ガウ……」
 いつになく狼狽している彼女の声を聞きながら、ガウリイの思考は真っ白になりそうだった。
 この状況って――次にどうすれば――

「ガウリ……? ひゃっ!」
 くすぐったさにリナが跳ねた声を出す。
 リナの背中に、ガウリイが指を滑らせていた。
「……『す』?」
 背中に『す』の文字が書かれる。そのゆっくりとした軌跡にリナの胸が次第に高鳴った。
 そして――



「ガウリイ」
「……はい」
「『するめ』ってなによ!? 『するめ』って!!」
「い、いやあ。特に意味は……」
 あははーと頬を掻いて笑うガウリイに、ブチンとリナは切れる。
「あんた……いつまで人に乗っかってんのよっ!
 さっさとどけーっ!!」
「リナっ! な、なに怒ってるんだっ!? 落ち着け!」
「やかましいわーっ!!!」
「どわぁぁぁあああー!?」

 その後、宿屋の近くの道に上半身裸のコゲた男が転がっていたそうだ。
 いとあはれ――


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