犬と煉瓦

 ああだこうだと三人で膝を突き合わせての作戦会議。
 まあ、ガウリイが内容を理解しているかどうかはかなり怪しいものがあるが。
 ゼルガディスはリナのよく回る口と頭に改めて感服する。
 誰も経験したことのないような非常事態でも、様々な角度から起こりうる可能性を検討し、それを踏まえて自分たちにできることを次々と提案してくるのだ。
 自分には思いつきもしない、こんなにも豊かで幅の広い発想を年下の少女がしてくるとは、にわかには信じがたいことだ。天賦の才があるのだろう。

 リナが席を外し二人きりになったときふとガウリイを見てみれば、なにやら不満げな顔をしている。
「旦那、どうかしたのか?」
「いや……リナがさっき言ってただろ? 故郷の姉ちゃんだったらすぐ倒せるかも、って」
 リナのそれは独り言に近いぼやきみたいなもので、自虐的なものも含められていたが、この場にいない人のことを当てにしても仕方がないとゼルガディスも軽く聞き流した言葉だ。
「ああ、そういえばちらっと言ってたな。どうした、対決するのは諦めてその『故郷の姉ちゃん』に助けてーってでも言いに行きたいのか?」
「違うさ。リナはときどきああやって姉ちゃんならなんとかなるはず、姉ちゃんはもっと強いってことをこぼすんだけど、オレは、もうとっくにリナは姉ちゃんより強くなってるんじゃないかと思うんだ――戦闘能力じゃなくて、そのほかのところでさ」
「……どういう強さだ?」
 ガウリイの言いたいことはなんなのだろう。
「仮に、リナじゃなくてリナの姉ちゃんがここにいたんだとしたら、敵に勝てるとゼルは思うか?」
「――いいや、どうだろうな」
 敵は一箇所だけ攻めに来るとは限らない。その『姉ちゃん』がいない場所を攻められたらそれでアウトだろう。切り札が一つしかなかったら、そこへ誘導するための用意周到な作戦が必要だ。
 それにリナがいなければ街との連携も取れないはずだ。
 リナが交渉したおかげでこうして拠点を持つことができるし、街の人たちが情報を知らせに来てもくれる。風貌の怪しいゼルガディスは最初の交渉の場につくことすら簡単ではないし、ガウリイはそもそも交渉する能力がない。
「旦那の言うとおり、リナの姉とやらが強いだけじゃ駄目だな。作戦立案ができて、交渉と情報を集める能力が必要だ」
「あと仲間を集める能力もだ。リナの姉ちゃんはゼルやアメリアに伝手がないだろ?」
「ああ――そうだな」
 ゼルガディスはにやりと笑った。実際、リナが魔法を使えなくなっても仲間は彼女とともに戦い、従う。それはリナの戦闘能力だけをあてにしてるわけではないからだ。
「リナは旅に出てからどえらい戦いをたくさんこなしてる。ゼルとも最初は敵だったもんな。田舎でのんびり暮らしてる姉ちゃんがいくら最強だからって、リナと同等かそれ以上のことができるとは、オレは思えないんだ。でもリナは『姉ちゃんだったら』、『姉ちゃんがいれば』って言う」

 ――どうやらガウリイはリナの『故郷の姉ちゃん』への評価が高すぎることが不満のようだ。
 日頃は自信過剰ともいえるリナ=インバース、何度も死線をくぐるような戦いをしておきながら、姉への評価はゆるぎなくダントツだ。姉の強さが事実だとしても、いつもリナと共に戦っているガウリイは、自分のことも含めて姉より下に評価されているようで面白くないのだろう。

「旦那、『犬とレンガ』の話は知っているか?」
「……いいや?」
「仔犬が勝手に出歩かないよう、紐で繋いで片方は重いレンガに結び付けておくんだ。まだ力のない仔犬は、どう足掻いてもレンガを動かすことができない。そのうち、レンガは動かせないものと仔犬は思い込む。そしたら熊のように大きい犬に成長しても、レンガに結び付けられたらそこでじっとするようになる。もうとっくに動かせるようになっているのに、だ」
「リナはその犬のように、姉にはかなわないって思い込んでるってことか?」
「そうかもしれん、という話だ。もしかしたらリナの姉は本当におれたちの想像を超える人物なのかもしれないだろ。まあ事実にしろ思い込みにしろ、リナにとってはどれだけ経験を積んでも『かなわない最強の人』なわけだ」
 ガウリイはまだ納得いかないという表情をして、ため息をひとつつく。
「なんだか、妬けるな……」
 あの威風堂々として偉そうにしているリナが唯一畏敬する、彼女の姉。そんな家族に焼き餅を焼いても覆すことは無理だろうに。
 ゼルガディスはぷっと吹き出して、励ますようにガウリイの肩をぽんぽんと叩いた。


「二人でなんの話をしてたの?」
「いや、べつに」
「リナ……」
「んん?」
「あのな……お前さんは、もう仔犬じゃない。とっくに熊みたいなもんになってるとオレは思う」
 ――絶句。あたりは静まり返る。
「……あたしがかつて犬か熊だったことがあったかしら?」
「いや、なんというかだなあ、誰もリナの代わりにはなれないんだ」
「はあ?」
 ゼルガディスは額に手を当てて唸った。
 これではまったく意味が通じない。
「おい、旦那よ……」
「あのな、つまり、みんなお前さんが好きだから今ここにいるんだ。だから、もっと自分自身もオレたちのことも信じてくれ」
 真剣な顔で言われて、リナの頬が赤らむ。
「おい……おれは利害関係が一致するから共闘してるだけだ。旦那といっしょくたにするんじゃない」
「なんなのよ、もう……ゼル、この話の流れを説明して!」
「はああ!?」
 本人の前で本人を誉めそやすようなことは非常に言いづらい。
 リナとガウリイ、二人の視線を一身に集めてゼルガディスは頭を抱えた。

■ 終 ■



リナの姉ちゃんはもう存在がデウス・エクス・マキナっぽいけども
16巻のリアリティある戦法とか見てたら、
あんな事態を解決できるのはリナしかいないんじゃないかと思うんですよねー
Page Top