投票でガウリナ

Twitterの投票機能で遊んでみた

 あたしはがばりと身を起こす。
 そこは深い穴の底のような場所で──そう、確か重破斬の制御にまともに失敗して、『あれ』に体を乗っ取られ、それをわかっていない冥王に攻撃を仕掛けられた際に、逆に『あれ』が冥王を潰して──
 とりあえずあたしはリナ=リンバースで、人間で……
 状況を把握しようとあたりをきょときょとと見回す。近くにはアメリア、ゼルガディス、シルフィールが気を失ったまま倒れていて。そしてガウリイは──蒼いクリスタルに閉じ込められたまま、転がっていた。
「──なんでっ!?」

 なぜガウリイだけクリスタル化したままなのか、動揺のうちにあれこれ調べているとゼロスが現れ、続けてアメリアたちも目を覚ます。
「冥王フィブリゾを倒したら、ここにあった冥王宮が消えたみたいにクリスタルも消えるはずだったのよ! 実際、あなたたちは解放されているわけだし……」
「んー、冥王の最後のいやがらせですかねえ」
 ゼロスが首を傾げる。
「同じ魔族だろうが。なにか原因はわからんのか」
「わかりません」
 しれっといわれてゼルガディスが顔をぴきっとひきつらせた。
「ガウリイさまっ……! はっ、そうだわ、クリスタルにキスしたら解放されるという可能性は──」
「ないでしょ。お伽話じゃないんだからっ」
 思案していたアメリアが口を開いた。
「ガウリイさんはクリスタルに閉じ込められるのが二度目になります。なので──居心地がよくなってしまって出てこない、とか」
「ベッドじゃないんだから!」
 あああ、と頭を抱えるあたしに、ゼロスがにこやかに話しかけてくる。
「まあ、この中にいるうちは死ぬことはないはずなんで、ゆっくり調べてみるといいですよ。ただ力任せにクリスタルを破壊するのだけはやめたほうがいいと思います」
「調べるったってなにをどうしたら──」
 冥王宮もなくなり、元の荒野と戻ったサイラーグの地であたしは途方にくれるのだった。

 どうする?
 セイルーンに行く
 ドラゴンズ・ピークに行く←73.3%
 あたりを探索する
 ナーガに助けを求める


 それから──冥王宮の跡地を探索しても、得られるものは無く……。ゼロスに質問するも、ひとの不安を煽るようなことをさんざん言ったあげく、ふらっとどこかに姿を消してしまったのだった。
 人知の及ばぬこの現象を、どうにか解決しなくちゃならない──相談の結果、あたしたちは『竜たちの峰』へ再び行ってみることに決めた。ミルガズィアさんなら、なにかわかるかもしれない。

 そしてサイラーグを発って早や一週間……。
「シルフィールさん、元気にしてますかね?」
「元気だろうさ。旦那の姿を毎日拝めるんだ」
 行程の連れは「乗りかかった舟です!」ということでアメリアとゼルガディス。
 シルフィールは「頑丈なクリスタルに閉じ込められているとはいえ、このままガウリイさまを放ってはおけません」と言い、サイラーグに残ることになったのだった。
 土呪文の応用で小さなドーム状の屋根を作り、シルフィールのために近隣の町で食料などの配達を手配した。さらに、アメリアからセイルーンへ、サイラーグ復興の助成を依頼する手紙も出している。
「どんなに早くても『竜たちの峰』への往復でひと月半かあ……シルフィールなら大丈夫と思うけど」
「いまごろキスマークがいっぱい付いてるんじゃないか?」
「べつにいーわよ、クリスタルにキスするくらい。もう全員で試したんだし」
 無意味とは思いつつも、キスチャレンジをしてみたのである。もちろんゼルも。
「わたしたちが戻ってきたときには、謎の神殿が建ってるかもしれませんね!」
「旦那を崇める?」
「まさかあ、シルフィールは巫女よ、いくらなんでも……」
 まるっきり否定はできなくて、あたしは引き攣り笑いを浮かべた。

 深い森を抜け、道なき道を進み──炭焼き小屋を通過して、覚えのある山道をどんどん進んでいくと──ちょうど見晴らしのよくなった一帯のその先に、人の姿をしたミルガズィアさんが佇んでいる。
「……今度はゼロス抜きで来たようだな。人間よ」
 おおかた、あたしたちがここに向かっていることはとっくに気付いていたのだろう。
「あのさらわれた人間の男はどうした? あと、少し前に『魔』ともいいがたい……なにか大きな力を一瞬だけ感じたが、あれはお前たちの仕業か?」
「順を追って説明するわ。あたしも、ミルガズィアさんに聞きたいことがあってここまできたの」

 さすがに、すべてをそのまま説明するわけにもいかず。ちょろちょろっと誤魔化し、「あたしもよくわかんないけど」と煙にまきつつ経緯を説明し、そのうえでガウリイのクリスタル化が解除されないことを相談する。
「うむ……直に見てはおらぬから憶測だが、それは冥王の力の残滓がうまく消えずにいるだけではないだろうか」
「それは残留思念のようなものか?」
 ゼルガディスの質問にミルガズィアさんが首を振る。
「いや、思念はもはやないだろう。『力の余波の欠片』程度の、小さなものだ。消滅の際にそれだけがたまたま残ってしまったのだろう。そのうち浄化されると思う」
「そのうちって……どのくらいかしら?」
「さっぱり見当がつかぬ」
「えええええ」

 どのくらいで復活する?
 二か月←53.3%
 半年
 一年
 三年


 ミルガズィアさんの憶測ではあるが、あの蒼いクリスタルはそのうち浄化されるらしい……。
 それを励みに、あたしたちは復路についた。ミルガズィアさんに礼を言い、『竜たちの峰』をあとにして三週間ほど。およそ四十日ぶりにサイラーグへと戻ったのだった。
「リナさーん!」
 復興に取り掛かっているとはいえ、あたしたちが出発したときと、光景はさほど変わっていなかった。シルフィールが出迎えてくれ、あの冥王宮の跡地へ先導してくれる。
 荒地の中央に、ちょっとした屋根と衝立が囲むように置かれているだけの中心部を見て、アメリアが口を開いた。
「思ってたよりも殺風景ですね」
「祭壇くらい建てられてるかと思ってたんだが」
 ガウリイの閉じ込められているクリスタルの周囲は綺麗にされているものの、動かされた様子などもない。
「あたしも……周囲を花だらけにして飾ってたり、レースの天蓋作ったりしてないかなーって……少し期待してたんだけど」
「してませんっ! どうしてみなさんなんだかガッカリしてるんです!?」
「いやほら、旅路って時間はたっぷりあるじゃない? だからシルフィールがガウリイをご本尊ってしたり、神殿を建てたり、そんな感じのすごいことしてるんじゃないかなーって妄想を話すのが娯楽っていうか暇つぶしっていうか」
「なにを期待してたんです!? 私だっていろいろしたかったですよ! でも万が一ガウリイさまの意識があって、私の奇行を全部知られていたら、ガウリイさまが解放されたときに私が居たたまれなくなるじゃないですかっ」
 いろいろって……なにをしたかったんだ、シルフィール。

「じゃあ、俺たちが不在の間、『これ』には特になにもしなかったんだな?」
「ええ、そうです」
「あれ? でも、なんだか少し変わってません?」
 ──あたしも、気付いていた。
「クリスタルの色が薄くなっているように見えるわ」
「ええ、そうなんです。ごくほんの少しずつですが──蒼い色が、薄まってきているんです!」
 これが「浄化の進んでいる」状態の目安なのかもしれない。
「俺たちが不在の間にここまで色が薄まっているということは……あと数週間もあれば、完全に透明になるんじゃないか?」
 そう発言したゼルガディスに、シルフィールが問う。
「透明になるとどうなるんです?」
「おそらく、俺たちと同じようにガウリイが解放される」
「本当ですか!?」
 シルフィールが飛び上がって喜んだ。
 あたしも、クリスタルの変化にほっと胸をなでおろす。
 このまま何年も変わらないままだったらどうしよう──いっそのこと力ずくでぶっ壊したほうがてっとり早いだろうか──とか考えていたのである。
「少しずつ浄化が進んでいるようだし、透明になるまで待ってみましょう」

 そして、それから二週間ほどが経過したある日──

 目覚めたガウリイは……
 初めに目にした人に懐く
 記憶喪失になっている
 「リナ」しか喋れなくなっている←57.9%
 羽と尻尾が生えている


 クリスタルは限界にまで透明になっていた。光の屈折もほとんどなく、触れてみてその存在に気付くほどに頼りなく、脆い。
 まだかまだかと待ちわびる皆が見守るなか──不意に、煙のように『冥王の残滓の欠片』であるクリスタルは消え失せた。
「ガウリイさま!」
「ガウリイ!」
「……うっ……」
 あたしは少し戸惑ったが……ガウリイの腕に触れた。温かい。ぐっと掴んで、揺さぶってみる。
「ガウリイ、起きて!」
「……リ、ナ?」
 ぱかっと目を開けて、あたしを見上げた。
 久しぶりに見る、その瞳の色。そしていつもと変わらない、どこかとぼけた──あたしを安心させる、ガウリイの声。
「リナ」
「あなた一人だけ、ずっとクリスタルのなかに閉じ込められてたのよ。気分は大丈夫?」
「リナ」
 頷きながらあたしの名前を口にする。
「……あたしの名前はもういいから。気分は大丈夫かってきてんの」
「リナリナ?」
「とぼけるのもいいかげんに──」
 呆れながらも、違和感を抱く。
「どうした旦那、なんだか様子がおかしくないか?」
「リナー」
「ガウリイさま……ご自分の名前、言えますか?」
「リナリナ」
「ガウリイさんいつもにも増してちょっとおかしくないですか?」
 取り囲む皆で顔を合わせた。いくら脳みそ寒天でも、ここまで発言が変なのは異常だ。

「旦那……俺たちの言っていることはわかるか?」
「リナ」
 真剣な顔で頷く。あたしの名前以外、ほんっとーになにも言えんのか、こいつはっ!?
「いいか、『はい』はリナ、『いいえ』はリリナと返事するようにしろ。できるか?」
「リナ」
「なんなのこの会話!?」
「今は少しだまってろ。旦那、頭や体のどこかが痛かったりするか?」
「リリナ」
「この状態がなんなのかわかるか?」
「リリナ」
 ゼルガディスが深く息をつき、あたしを見る。
「──わからんそうだ」
「通訳はいらんわあっ!」

「ガウリイさまっ! 私の名前は言えますか?」
「リナリーリ」
 へえ、とアメリアが興味深そうにする。
「面白いですね! じゃあゼルガディスさんの名前を言ってみてください」
「リナナリナ」
「じゃ、次はわたしの言葉を真似して言ってみてください。『温かい』」
「リナナナリ」
「『リカバリィ』」
「リナナリー」
「『イナリズシ』」
「リナリナリ」
「ガウリイで遊ぶなあっ!」
 ああもう、と頭を抱えるあたしの肩に、ぽんと置かれる手。この大きさと感触は誰のものか、わかってる。懐かしくて、ほっとして、嬉しいはずなのに。
「リナ」
「……うん」
 励ますために呼ばれたあたしの名前。
 なにがなんだかわかんないけど、こうしてばっかりもいられない。今度はこれの解決方法を探さなきゃ……。
 ガウリイは側にあった小石を拾い、地面の土をがりがりと削った。

『ごめん、リナって以外しゃべれなくなった』

「あ、そっか」
「筆談すりゃいい話しなのか」
 ガウリイが頷きながら「リナ」と言った。

 ガウリイを治すには……
 強いショックを物理的に与える←35.7%
 あきらめて新しい言語にする
 酔わせてみる
 治す呪文を開発する


「リーナ~」
 ひとくち食べて、ガウリイが満足げにつぶやいた。
「これは『美味い』でしょうね」
 アメリアの推測に皆が頷く。
「……リ゛ッ ナ゛!」
「これはきっと『苦い』ですね。この包み揚げにはピーマンが入ってますわ」
 シルフィールの予想を肯定するように、涙目のガウリイは水をぐびぐびと飲んだ。
「旦那、次はこれを食べてみろ。うまいぞ」
「リリナリナ?」
 ぱくっと一口で食べたガウリイが、きゅっと表情を歪める。
「リッナ!」
「なに食べさせたんです?」
「レモンを絞りまくったピクルス」
「じゃあこれは『すっぱ!』ですね~」
「だーかーら、ガウリイで遊ばないでってば!」
 食堂であたしは声を張り上げた。
 ここは、サイラーグから少し離れた場所にある町。とりあえずガウリイはクリスタルから解放されたし、復興に取り掛かるにしてももっと体制を整えてからのほうが良いだろうと、セイルーンに向かっているのである。

「しかし、慣れたら、旦那が『リナ』しか喋らなくてもなんとなく意味がわかるもんだな」
「そうですわね、だんだん新しい言語として理解できるようになってきましたわ」
 シルフィールが嬉しそうに言うが……いいのかそれで?
「だめよ! ひたすらリナリナって、あたしの名前を呼んでるのかそうじゃないのか、わけがわかんないじゃない」
「リナリナー」
 そうだそうだと言ってるらしきガウリイが頷いた。
「でもこんな特殊な事例なんて今までになかったでしょうし、どうやれば治りますかね……」
 アメリアが思案する。もちろん、治癒の呪文などいろいろと試してはみたのだが、少しも改善していない。
「強いショックを物理的に与えてみてはどうだろう?」
「ショックって……スリッパではたくとか?」
 あたしが懐を探ろうとすると、ガウリイが「リリナ!」と叫ぶ。これはおそらく「やめろ」と言っているのであろう。
「冗談よ──って隙ありぃ!」
 言うと同時に、あたしはテーブルの下のガウリイの向う脛を勢いよく蹴る。
「リッナ!!!」
「あー」
「ダメですね」
「これは『痛った!』だな」
「とっさの叫びまで『リナ』なんですね……」
 卓の面々がつぶやいた。
「リナァ……」
「『ひでえ』って言ってるな」
 ……本当にちょっとやそっとでは治らなさそうね……。

 ここはそう大きくもない町なので、宿も民家の一画を旅人にも使えるようにした、という程度である。
 女三人でぎゅうぎゅうになっているちょい狭い空間を抜け出して、あたしは夜風にあたっていた。摘まれた薪に腰掛けて、ぼけっと何もないあたりをただ見る。
「……平和だわ」
 あの、攫われたガウリイを助けるためにと急いでいた、不安で先の見えない旅路とは大違い。
「リーナ」
「……ん」
 ろくに振り向きもせず、隣を指し示すとガウリイがどっかと座ってきたが──話したいことはない。
「まいっか」
 今は、ガウリイが隣にいるという懐かしくて嬉しい空気をただ味わっておこう。隣の彼の腕に遠慮なくもたれかかっておく。
「まったく、こーやって過ごすってだけでも、あの時から考えたら奇跡みたいだわ」
 フィブリゾを倒さなくちゃいけなかったし、さらにクリスタルから出てくるにもやたら時間がかかったし!
「リナナ」
 すまん、とかそんな感じのことを言っているっぽい。
「どーやって恩を返してもらおうかしら? ……体とか?」
 驚いて目を見張るガウリイと顔を合わせた。
「冗談よ」
 笑って、あたしは──ガウリイにゆっくり顔を近付けた。頬のはじっこ、口のちょっと横を狙って。でも、ちょっと距離感が計りにくくて難しい。ふっと腰を浮かせて、ままよとキスをした。
「リッ……リナ!?」
 飛び上がるようにのけぞって、ガウリイはそのまま──勢い余って、背中から薪の下に転落した。
「ガウリイ! 大丈夫!?」
「いってぇ……突然で、驚いた」
「驚きすぎよ!」
「そうか?」
 一言二言、言葉を交わして。
 あたしたちは同時に「あ!」と声を上げたのだった。

「で、なんで治ったんだ?」
「座ってた薪から落ちて……ぶ、物理的ショックのせいみたい」
「本当ですか?」
 アメリアが疑わしげな視線であたしたちを見る。
「なにを疑ってんの!?」
「リナリナ」
「なにかを誤魔化してません?」
「後遺症が少し残ってるの!」
「リナー」

 ……しばらく、ガウリイの「リナ」癖が抜けなかったのは本当である。


おわり



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