不屈ディナー

 給仕の引いてくれた椅子に腰かけて、リナはほうと息をついた。

 ――感無量。

 この椅子にこうやって座るまで、どんなに困難だったか。もう諦めてしまおうと何度もくじけそうになった。でも、そのたびに尽きぬ食欲を糧にして自分を奮い立たせ、目の前に立ちはだかる問題をひとつひとつクリアし、やっとここまでたどり着いた。
「ご予約いただいております、旬のスペシャルディナーでよろしかったでしょうか?」
 控えめな抑揚で話す給仕にリナとガウリイは頷いた。


 元宮廷料理長の経営する高級レストラン、席の確保をするだけでも一苦労だというのに、旬の食材を用いた期間限定のスペシャルディナーはリナが申し込みをした時点で「すでに受付終了しております」と言われてしまったのだ。
 そのため、リナは馴染みの人のいない町でどうにか伝手をつくろうと奔走し、ときにはガウリイの好感度高い容姿をも利用してなんとか予約と受付をねじ込んだ。

 次の問題はドレスコードで。
 予約に訪れた際、給仕長に「紳士淑女にふさわしい服装やマナーでないとお帰り願うこともございます」と慇懃無礼な面持ちで言われたのだった。
 服はどこからか借りたかったが、リナもガウリイも一般成人には規格外でちょうどよいサイズがない。仕方なく、日常使いにもならない衣類や服飾品を血を吐く思いでオーダー購入した。

(ここまで苦労したのよ……全部を堪能しないと気が済まないわ!)

「リナ! それ、ソースかけすぎだぞっ」
「へっ?」
 あまりにも『もったいないことはできない』と思い込んでいたせいだろうか。小さなソースピッチャーに入った液体を前菜に全部振りかけたところで、ガウリイが驚愕の表情で言ってきた。
「聞いてなかったのか? 辛めのソースだから調整してかけてくださいって……」
 試しに、一口。
「……からい……」
「交換してもらうか?」
「ううん。ソース除けながらたべるわ……」
 ここでも『もったいない精神』が働き、リナは唇をひりひりとさせながらも懸命に食べて皿を空にした。ソースはできるだけ省いたつもりだが、それでも辛さは喉の奥までつき抜けて汗が出る。
 次に出された魚料理に手を付けているガウリイをふと見て、リナはぎょっとした。皿の端にちまちまと――いつものようにピーマンをより分けてるではないか。
「ちょ、ちょっとガウリイ! なんて食べ方してんのよ!?」
 ちらりとこちらに向けられた給仕の視線にぎくりとして、リナは作り笑いを浮かべる。声をひそめてこそこそ言葉を交わす。
「マナーが悪いと追い出される可能性だってあるのよ? そういう残し方しないで、全部食べちゃってよ!」
「ええ!? これぐらいいいだろ?」
「よくない」
「んじゃリナの皿に移して食べてもらうってのは……」
「やめてよっそんなお行儀の悪いこと!」
「じゃあどうするんだ? オレにピーマン食べろっていうのか?」
 リナは無言のまま、ガウリイをじっと正面から見つめて頷いた。
 その真剣な様子にガウリイはごくりと唾を飲み込んだ。そしてこのどうにもならない状況に腹をくくると、ゆっくりと――毒を飲む死刑囚のような悲壮な顔をして、ピーマンを自分の口に運んだのだった。

「う、うう……まずい……あんな量のピーマン食べたの、何年ぶりだ……」
 ピーマンを食べたあとグラスの水を一気に飲み干したものの、ガウリイは涙目になってぶつぶつと文句を言っている。
「ほんのちょっとだったんだからいいじゃない。ほら、メインディッシュ食べましょ!」
 さっと伸ばされたリナの細い腕を、ガウリイががしっと掴む。もう片方の手も、ガウリイの手に握り込まれるようにして捕らえられた。
「……なにすんのよ」
「いや、今オレの皿狙ってただろ」
「さっきのソースのせいでまだ口がヘンなのよ。ガウリイの料理も食べないときっと味が理解できないと思うのよね」
「どういう屁理屈だ!?」
「しっ、静かにして」
 この格式高いレストランで荒事は起こせない。
 しかし、メインディッシュも譲れない。
 互いに手と手を掴み牽制し、睨み合う。


「――見てくださいよあのカップル。さっきから料理が冷めるのも構わず、ああやって手を取り合って見つめ合ってるんです。妬けますねえ~」

「ね、見て! 向こうの席の男の人!」
「きゃ~かっこいい~? でも、向かいに座ってる人と手を握ってずっと見つめ合ってない?」
「そうなのよ。なんだか目もうるうるしてるし」
「私もあんなかっこいい人に潤んだ目で見つめられてみた~い♥」

「あの席に座っているカップル、初々しくていいですなあ」
「女の子は恥ずかしそうに顔も真っ赤にして実に可愛らしいですなあ」
「うちらにもあんな時代があったんじゃろか……」
「いや……うちのかみさんはあんな奥ゆかしい雰囲気じゃなかったのう……」
「いやはや、羨ましい」


(くっ……いーかげんに……諦めなさいよっ)
(それはこっちの台詞……いてっ、抓るな!)

 二人の攻防は続く――飽くことなく。

■ 終 ■


困難な状況にあっても「二人」でご飯食べる、って選択肢なのがリナちゃんやさしい。
でもたまには一人でこっそり何か食べに行ってたりして?
うさかゑるさんありがとうございました(*´ω`*)
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