ほれほれられ

 魔道に興味があるという御仁から「是非に」と誘われてのディナーの席──
 ガウリイがブランデーのグラスを空にしたところで、髭を蓄えたその男はさもこらえきれないという様子で表情をゆがめ、そして大きく笑い出したのだった。
「ハッハッハッ! 飲んだな、それを!」
「まさか──毒!? ガウリイ、吐き出してッ!」
「んへ?」
「さっさと次の料理を食べだしてるんじゃないわよっ!!」
 リナはガウリイの襟首を掴んで叱りつけた。
「ぐえっ……で、でもべつになんともないぜ?」
「ふむふむ」
 なんらかを酒に盛ったという男は、ガウリイに近付くと瞳孔を確認し、脈を取り、メモを取り始めた。
「……で。こいつに何を飲ませたのよ!?」
「ふっふっふ……それは、『惚れられ薬』だっ!」
「惚れ……られ薬!?」
「なんでまたそんなものを、オレに?」
「だって、出来のわからないものを自分で飲むのいやじゃないですか」
「なにいってんのあんたはあああッ!」
 リナが慰謝料を名目に彼から金品をふんだくったのは当然である。

 さて、薬の効果はというと──はっちり効いていた。
 飲まされてすぐはあまり効いてもいないようだったが、宿に戻り、ガウリイと部屋に閉じこもっていると、板戸やドアの向こうに大勢の人の気配がしてくる。おそらく男女関係なく、年齢層も幅広く、壁を隔てた向こう側でこちらの様子を伺っているようなのだ。
「すっげー不気味なんだが……」
「隙間からフェロモンが漏れ出してるんだわ。ここはダメね……脱出するわよ、ガウリイっ!」
 勢いよく窓を開け放ち、リナは翔封界の呪文でガウリイとともに飛んで逃げたのだった。目的地は、この町に来る前に見かけた街道沿いの薪倉庫である。
「狭いけど、二人で居れないこともないわ。数日で薬は抜けるというし、なんとかなるでしょ。あたしは食料の買い出しに行ってくるから、ガウリイはこのあたりで隠れて待ってて。人目につかないようにするのよ? 人が近寄ってこようとしたら、風下に身を潜めるといいわ」
 そう言ってリナは町に取って返す。
「……なんだか親鳥の帰りを待つ雛みたいだな……」
 どうしてこんなことになったんだか、とガウリイは頭を掻いた。そして、この効果絶大な薬がリナには効いてないことにいまさらに気付いたのだった。

「食料、飲み物、お菓子、暇つぶし用の本にボードゲーム、クッションでしょ──」
 準備万端に物を揃え、そしてどこか楽しそうにしながらリナは小屋に引きこもる準備を始めた。
「へ、あの、リナも一緒か?」
「そうよ? 一人じゃ退屈でしょ?」
「え、いや、まあ……うん……」
 スペースをしつらえ、土呪文で補強もほどこしている。
「こういうの、子供の頃の『秘密基地』思い出さない?」
「あー、うん、やったな……」
「でしょ? ガウリイはどこに作った?」
「森の……廃墟みたいなところに、崩れた煉瓦で勝手に……」
「あたしはね、家の屋根裏部屋に──」
 おしゃべりをしながら、リナはせっせと楽しそうに部屋作りをしている。
(これは……巣作りか?)
 リナは非日常感にわくわくしている様子だった。

「……たいっくつね~」
「もう飽きたのか……。こういうの好きなんじゃなかったか?」
「もう飽きた」
「まあ、けっこう引きこもったよな。薬の効果もそろそろ切れてるんじゃないか?」
「どうして?」
 本から顔を上げてリナがガウリイを見る。
「リナはいつも通りなんも変わらないし……」
「あー。あたしはもとからずっとガウリイと一緒にいるから、ガウリイに耐性がついてるのかもしれないわ」
「そ、それでなのか……?」
──仕事をしろよ、オレの『へろもん』──
 安心したような、それでいてどこか残念な気持ちを抱えてガウリイは部屋の角を見つめた。
「あの薬、ひょっとして偽物だったとか。人を集めるだけで、惚れさせる効果もなさそうだぞ」
「んー、効いてると思う。いつもよりガウリイの匂いが濃いし……」
「に、においっ!? オレって臭うのか!?」
 ガウリイは自分の服を鼻に寄せて嗅ぐ。
「多少はね~」
「……そうだったんだ……」
 狭く、離れることも難しい小屋だが、すみっこで膝を抱えるガウリイなのだった。

「気にしなくていいのに」
 いい匂いだし、という発言は飲み込んで、リナはひそやかに深呼吸するのだった。


ガウリイ香水から思いついたネタ。ガウリイ香水いい匂い(*'ω'*)
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