言質

 リナは届けられたばかりのクリームソーダに乗っているさくらんぼを摘まみ上げた。クリームソーダはネオンカラーのグリーンとバニラホワイトの二層が目にも涼しい。向かいの席に座るアメリアは、ホイップとチョコレートソースマシマシのアイスココアを一口飲み、さらにガムシロップをどぼどぼと全て注ぎ入れた。かき混ぜて飲んで、うんと頷く。
「リナさんと会うのも久しぶりですねえ。お二人とも変わらずご健勝でなによりです!」
「アメリアも相変わらず元気そうねー」
 言いながら、毒々しい赤のさくらんぼをぱくりと食べ、種を慎ましやかに口から出す。
「……で。どうなんですか? ガウリイさんとは」
 さっそく本題とばかりにアメリアは詮索する視線でリナを見る。手は休めずに自家製スコーンを優雅な手つきで割った。
「どうって? ガウリイならアメリアもさっき会ったでしょ」
「わたしは、リナさんとガウリイさん、お二人の進展が実際どうなってるかってところを聞いてるんですよ~」
「どうって……べつに」
「べつに、って!」
「見てわかんない?」
「ちっともわかりません。見た感じ、お二人ともいつも通りでしたし」
「そうなのよ、いつも通りなの」
 リナはスプーンでバニラアイスの表面ちょいと掬って食べる。
「――まあ、前よりは、朝まで一緒にいることが多くなったけど」
 アメリアは「んぐっ」と喉を詰まらせる音を立てたが吹き出すことは堪え、目をまんまるにしながらリナを凝視した。
 あの照れ屋のリナがなんてことを言っているのだろう。これは、アメリアをさんざん焦らしていたはずの二人の仲はとっくに行きつくところまで行き、会わずにいたこの期間ですでに日常の――当たり前のものとなっているということなのだろうか。

「ど、同棲してるんですか……?」
「んー、それにほぼ近いかなあ」
 リナはバニラアイスのほとんどを食べ終え、ストローで縦長グラスをかき混ぜた。残ったバニラアイスが底まで混じり、混沌の色をつくる。
「あたしもガウリイも長い付き合いになってきたし。なんだかんだで仲良くやってるわ。あいつってあたしに合わせられるだけあってお人よしなのよね~。ちょっと人肌恋しいなーってときとか、連絡したらどんな時間でもすぐ飛んでくるし」
「ひえっ!?」
 度肝を抜かれたアメリアが声を上げた。気がつけば、驚きのあまりフォークに刺したスコーンを口に運ばずにずっと持ち続けている。
「……なによ、アメリアが聞きたいのはそういうとこなんでしょ? 気が向いたときにはあたしがガウリイの家に行ったりもするんだけどね。あいつ、ほんとに甲斐甲斐しいのよ。呼び出すとすぐにほいほいやってくるし、『したくない』気分のときは言ったらちゃんと大人しくしてる。もちろんあたしが『したい』ときにはきちんとやってくれるわ。でもわがまま言わないし見返りも求めない。ほんっと便利なやつ」
 確かにリナは我が道を行きつつ周囲の人間をぐいぐい引っ張るタイプではあるけども。なんだか思ってたんと違う。「そっち方面」にも開き直って堂々とするようになったリナはこうも傲慢に見えるのか――とアメリアは眉間に皺を寄せた。
「リナさん……なんだか言ってることが、こう、悪い表現になりますがゲスっぽいですよ……」
「ちっがうわよ! 今の状況はガウリイも納得済みだし、自分から都合のいい男になってるだけで――」
 リナがそこまで言ったとき、通路から大きな音がして二人は横を向いた。そこには、トレイを落としたウェイター姿のガウリイが呆然と立っていた。足元でトレイが回転しながら銅鑼のような耳障りな音を立てている。
「……オレのことをそんなふうに……リナはオレの体だけが目当てだったのか!?」
「が、ガウリイさんっ……」
 しまった、注文するときにも会っていたし、ガウリイの勤める店で軽率にこのような話をするべきではなかったのだ。青白むアメリアをよそに、リナはきょとんとガウリイを見返して。
「だって本当のことでしょ?」
「――リナさんひどいっ」
「あたしは欲求不満が解消できる。ガウリイもあたしに尽くすことができて満足。ウィンウィンの関係じゃない。どこに問題があるってのよ」
「お前……オレのことをなんだと」
「……問題あるでしょう、リナさん。すっきりできれば誰だっていいって言うんですか?」
「はああ?」
 リナが甲高く声をひっくり返す。
「こんなことするのガウリイだけに決まってるでしょーが」
「……オレだけか?」
「うん」
 言って、フルーツのロールケーキをフォークで切り分けてぱくりと一口。
 少し気を取り直したガウリイがリナに詰め寄る。
「オレだけか? 本当に?」
「ガウリイ以外の誰ともしないわよ」
 その返答を聞いて、アメリアもガウリイもどことなく胸をなでおろした。リナの憤然とした態度は腑に落ちないではあるが。
「それならいいんですけど」
「あのなあ、さっきのリナの言い方はまるでオレがセフレみたいじゃねーか。体だけの関係っぽく聞こえて、嫌だったぞ」
「だって……ガウリイはあたしの都合だけに合わせてくれるんだもん。見返りも求めないし要求もしない……あ、イチゴパフェ追加で」
「イチゴパフェな――なあアメリア、オレってもう少しわがままになったほうがいいのかなあ?」
「えっ そんなことわたしに聞かれても」
 急に質問をふられてアメリアが顔をこわばらせる。
「不公平って思うんなら、ガウリイもあたしになにか要求したらいいのよ」
「えっ……要求……」

 突然に言われても何も思い浮かばないらしい。
 ガウリイは思案顔のまま厨房へオーダーを届けにいき、そしてそのままの顔でリナたちの席へ戻って来た。
「えーと……じゃあなあ、リナへの要求はな、今後オレの皿に入ってるピーマンはぜんぶリナに食べてもらいたい……ってのはどうだ?」
「小学生……?」
 アメリアは思わずツッコミを口にした。
 しかしリナはその内容の幼稚さにはかまわず、頷く。
「それでいーわよ。あんたの皿に入ってるピーマンはあたしが食べてあげる。ついでに他の料理もつまみ食いしちゃうかもしれないけど」
「いいのか!?」
「ピーマンくらい食べてあげるわよ。一生」
「一生!」
 喜び溢れる表情のガウリイがトレイを抱えた。そのトレイがめきょっと変形したのをアメリアは見逃さない。
「よかったですね……」
「ホント、そんぐらいで喜ぶんなら早く言ってくれればいいのに」
 呆れたように言うリナの軽い口調に――ガウリイはぴたりと動きを止め、リナを正面からじっと見据えた。
「でも、なんだかまだちょっと扱いが軽いよな!? あと一声っ!」
「あと一声って、何がよ?」
「オレのことを、世界で誰よりも大切に思ってるってぐらいのことを、リナの口から言ってくれ」
 そんな言質だけでいいのだろうか。自分なら納得できないけど、と思いながらアメリアは口を挟まずに二人を見守ることにした。
「まったく……めんどくさい男ねえ」
 リナは氷も溶けかけのクリームソーダをずびびと飲み干す。
「ん~、そうねえ……もし、世界とガウリイのどっちかを選ばなきゃいけない状況になったら、ガウリイを選んであげるわ」
「えっ……」
 アメリアはまじまじとリナを見た。
 そんな状況に陥ることなんて、ありえるだろうか。ない。ないに決まっている。
 しかしガウリイは溜息をつき、こらえきれないと感動に目を潤ませてうんうん頷いた。
「たまには……要求もしてみるもんだな……」
 そして浮かれた様子で空になった食器を下げ、厨房に去っていく。

「チョロいわ」
「リナさん……」
「本当に大事に思ってるわよ?」
 にこりと笑う。そして厨房を見遣った。
「ガウリイが追っかけてきてくれるから甘えてるけど。もしガウリイがあたしに背を向けたら、あたしはどこまでも追っていくんじゃないかなあ」
「……そういう本音、きちんと伝えたほうがいいですよ」
「言う必要ないわよ」
「素直じゃないんだから」
 これ以上ないほど互いのことを必要としているのに本音は見せないあたり、似た者同士なんだわと思いながら――アメリアはすっかりクリームの溶けたココアに再び口をつけた。

■ 終 ■



トレイはベコボコ
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