フィーリングリング

「……ん?」
 リナは棚にぞんざいに並べられているシンプルな指輪に目をとめた。シルバーの一色のみで宝石はなし。男性用と女性用のフリーサイズで二種類あるようだ。
「おばちゃん、この指輪も魔法道具なの? やたら安いけど」
「ああ、それね」
 魔道具屋のおばちゃんはその女性用の指輪を手に取り、「見ててごらん」とリナに言って自身の指に嵌めた。すると、さっとシルバーから緑色に変わる。
「色が変わったわ」
「これはね、感情を色で教えてくれる魔法の指輪なんだよ」
「へえ~」
 おばちゃんが指輪を外すと、指輪の色は元のシルバーに戻る。
「でもこの指輪は争いを生むことが多くてね……簡単な呪文で製造できるらしいんだけど、クレームが多くて今は製造中止になってる代物なのさ」
「争い?」
 あまり価値があるようには見えないこの指輪。どんなクレームがあるというのだろうか。
「人って、本音は出さずに生きてるもんだ」
「まあ……そりゃそうよね」
「指輪の色は、緑だと平常心。黒は怒り。青は何か企んでるとき。白は眠気。赤に近い色になると嬉しいとか、好きだって感情を現すようになっててね――」
「なるほど、嘘をついてても指輪で内心を知られてしまうんだわ」
「そういうこと。こんな指輪してたら商売の交渉もできないし、夫婦や恋人が付けようもんなら……そりゃもう最悪なことに……。世の中、知らないほうがいいことだらけさね」
「ふう……ん……」
 リナはふと、いつものらりくらりとして、何を考えてるのか本心がよくわからない相棒を思い出す。彼はいつも穏やかで、かといって喜怒哀楽を隠す男でもないが、リナのことをどう思っているのか、今後どうするつもりでいるのか、そういうことがはっきりしないのだ。
「暖色系だと好意的な感情ってことになるのよね?」
「そうだよ」
 リナは口に指を当て、少し考える。
(ガウリイに指輪をさせたら緑色か白色になりそうだけど……でも……)
「おばちゃん、これちょうだい。安いからペアで買うわ」
「えっ、大丈夫かい? 責任持たないよ?」
 好奇心に負けたリナは、指輪を購入したのだった。

*****

「ガウリイ、いる?」
「おー、おかえり」
 ノックをして部屋のドアを開けると、ガウリイがにこりと笑ってリナを出迎えた。
「お土産があるの」
「おやつか?」
「残念、違うわ」
 ごそごそとリナが取り出したのはシルバーのペアリング。
「……指輪?」
「えーっと……これね、えっと、指輪をした人の……体温を色で表す指輪、らしいわ」
「ええ……本当か?」
 たどたどしい説明に疑念が湧いたのだろうか。
 ガウリイがじろりとリナを見てきたので思わずぎくっとする。
「これ、実は呪いの指輪とかでオレを実験台に使おうってんじゃないだろうな?」
「ち、違うわよ!」
 あれこれと説明するよりも、自分も指輪を嵌めて安心させたほうがよさそう――
 リナは女性用の指輪を手にした。
「安かったし、面白そうだったから買っただけだもん」
 そして自分の指に嵌めた。シルバーの指輪はさあっと一瞬で青色に変わる。
(企んでるから青色なんだわ……)
「おお! 色が変わった! これはリナの体温が低いってことか?」
「あ……うん、そうかも……」
「ふうん」
 リナが実際に指輪をしたことで安心したのか、ガウリイはもう一つの指輪を手にすると自分の指に嵌めた。
 何色が出るだろう。
 ガウリイに「あたしのこと、どう思う?」とか質問をして、指輪の色の変化を見ればきっとガウリイの内心がわかるに違いない――そう思って指輪を凝視するリナの目の前で、指輪は赤い色に変わった。
「あ……赤!?」
「真っ赤だな~。オレの体温がそれだけ高いってことか!」
 手を伸ばし、これ以上ないほどに赤くなった指輪をかざしてガウリイはにこにこと笑う。そして伸ばした手でリナの両手を掴むと、ぎゅうと包み込んだ。
「へっ……なに!?」
「お前さんの手をあっためようと思って……でもおかしいな、そんなに冷たくないぞ?」
「あ……そ、そう? そんなに精度がよくないのかもしれないわ」
 リナはどぎまぎとしながら、包み込むガウリイの手から自分の手をするりと引き抜いた。
「こういうお揃いってなんだか嬉しいもんだなー」
「そう、ね……でも、これ安物だし精度もイマイチみたい……」
 どうやらガウリイはリナとペアの指輪ということがよほど嬉しかったようで、指輪を見ながら上機嫌でいる。その純粋に喜んでいる様子に罪悪感がちょっぴり湧いてきた。
「指輪じゃ、あたしもガウリイも手袋するから邪魔だし……もっと、他のものをお揃いにしない?」
「じゃあ、今度一緒に探してみよう」
「うん」
「お、リナの体温もあったかくなったみたいだな」
 ガウリイがリナの指先を握る。
 リナの指輪は真っ赤になっていた。

■ 終 ■



えっちな気分のときは色がピンクに変わります(どうでもいい設定)
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