二人は踊る、されど進まず 7







「じゃじゃ〜ん♪」

 効果音とともにアメリアはリナの眼前に箱を差し出した。綺麗な金のリボンがかけられ、箱ごときにご大層に紋まで入っている。これも王室御用達だろうか。

「……なにそれ」

「開けてみてください。きっとリナさんに似合うと思います!」

「何が入ってるかは……だいたい予想ついたけど……」

 しゅるしゅるとリボンを解き、かぱっと蓋を開けた。きらびやかなスパンコールが真っ先に目に入る。横からガウリイが覗き込んできた。

「うわ、真っ赤だな」

「随所に凝らされた繊細な職人技! 高所からの着地に失敗しても破れない超頑丈な出来! そしてなによりもデザインが素敵と思いませんか〜!」

 それはリナの予想通り、早く購入しなければと思いつつもつい後回しにしていたダンスドレスだった。
 肩口を掴んで取り出して服の軽さに驚いた。というか生地が少ない。

「なっ……めちゃミニじゃない! フトモモ丸見えよ!
 ぎゃっ、背中がぱっくりあいてるー!」

 くるっとひっくり返してリナは悲鳴を上げた。正面は首元までスパンコールが覆うかわりに、後ろはV字型に大きく開いて何もない。

「リナさんの色気を補うにはこのくらい必要なんです! あ、サイズは私が着たら胸が収まらないのですが、リナさんにはちょうどいいと思いますよ」

「……ケンカ売ってんのアメリア」

「まあまあ♪
 こうして衣装もバッチリ揃えましたし、後は大会に向けて練習あるのみです!」

「うう……わかってるわよ……」

「さ、成果を見せてください〜!」

 ドレスを箱に仕舞うリナを急かしてアメリアはメモリーオーブを起動させた。前奏が流れると、もう二人の体は勝手に反応して動き出す。
 様になる(ようになった)光景にアメリアは満足げに頷いた。





 ■ ■ ■





「すごいですー! こんなに上達してるなんて!」

「まあね〜」

「ほんの数日前までガウリイさんの足を踏みまくっていた人と同一人物とは思えません!」

「ま、まあね〜……」

 ばつが悪そうに視線を泳がせるリナの後ろで、ガウリイは笑いを零す。

「振り付けはもう完璧ですね」

「あたしが本気になればこんなもんよ!
 あとは採点でアメリア審査員にちょっと色をつけてもらえれば……」

 ちっちっち、とアメリアは人差し指を横に振る。

「リナさんのお願いでもそんな正義に反する行いはできません。
 もちろん応援はしますが、審査は公平に行わせていただきます!」

「ちぇ、けちー」

 採点ねえ、とリナはつぶやく。

「ねえアメリア、どうやったらもっと評価が上がると思う?」

「えっ……う〜ん。
 そうですね……審査員の視点から言わせてもらえれば」

 ふんふん、とリナは頷いて言葉の先を促す。

「もうちょっと表現が欲しいところですかねえ」

「……表現?」

「振り付けを完璧に踊るのも大事ですが、ダンスはそれだけじゃダメです。体操じゃないんですから」





 ■ ■ ■





 アメリアにドレスとアドバイスの礼を言い、部屋に戻った後もリナは考え込んでいた。

「体操じゃないって言われても……じゃあ何をどうすりゃいいってのよ?」

「こら、ぼーっとしながら踊るな」

 ガウリイが掴んだリナの片手を頭上に掲げた。そこを軸にリナはくるりと一回転する。

「う〜ん……」

「わからないか?」

「……わからないわ」

 ガウリイがぐっと腰を取り、そのままの勢いで顔を引き寄せた。

「なあリナ」

「なによ」

「オレのこと愛してるか?」

「へ? ……な、なに!? はぁあああっ!?」

 急にさらっと何を言い出すのか。
 目を丸くしたリナはぱくぱくと口を動かすが、驚愕の叫びの後は何も言葉が出てこない。

 何だろう、今こいつは何を言ったんだろう。
 変なふうに聞こえたけど、幻聴?

「ルンバってどういう踊りか知ってるか?」

「な、何の話してるの?」

 リナはガウリイの腕から逃れようとしたが、腰をしっかり押さえられてどうにも離れられない。

「男女の、愛の葛藤を表わした踊り、なんだそうだ」

「え……そ、そうなの?」

「だから、たぶん、オレたちに欠けているのはそういうとこなんだろ?」

「………………」

 ガウリイは何を言おうとしているのだろう。
 鼻先を突き合わせながらリナは彼を見詰め続けた。喉が干上がっていく。きっと顔は真っ赤になってしまっている。

「だから――その、踊ってる間だけでも」

「な、なに?」

「嘘でもいいから、オレを愛してくれ。
 オレも、踊っている間はリナのことを恋人と思って、愛するから」

 いつも穏やかな空色の瞳は、今は吸い込まれそうなほどの深さをたたえていた。
 告白でもないのにくらくらする。
 こいつの口から「愛」なんて言葉が出てくるなんて。
 笑って誤魔化したいのに、冗談ですますにはあまりにもガウリイが真剣な顔をしているので、眩暈のようなものを感じながらリナはただ茫然とするしかなかった。

「できるか?」

 問いに、戸惑いながらもなんとか頷く。
 やっとの返事は声にならないほどか細くなってしまった。

「……わかったわ」

「よし、じゃあもう一度やってみよう」

 頭の中がごちゃごちゃしてまとまらないリナは、ガウリイの手で最初のフォームに導かれても俯き加減に目を伏せていた。

 そんなふうに思うだけで変わるものだろうか?
 それにかえってやりにくくなるだけだったら?

 ――迷いを振り切るようにリナは顔を上げた。やってみないと、今までと何も変わらないことだけは確かだ。

 とにかく踊ってみよう。
 ガウリイを――恋人と、思って。


 目を合わせ、それを合図に手を重ねた。
 不思議なことに絡む指が今までとはまったく違って感じる。
 そしてリナは、今までただ難しいと思っていた振り付けひとつひとつに意味があったことを知った。













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