ただの民家だった家屋に看板をかけて宿屋としているものも多くある。この宿もそういったものの一つで、部屋数が少ない。そしてその代わりに間取りが大きく取られていた。
リナは小さく息をつく。夜まで歩いていたせいか重く感じる荷物をベッドの側に下ろした。そして部屋の中央に置かれている衝立てを見遣る。その向こう側にあるベッドが、ガウリイの寝るベッド。
ぎいぎいと廊下の床板を鳴らしてリナの後からガウリイが部屋に入ってきた。手には大きな桶を持っている。
「湯をもらってきた」
「ん、ありがと」
この村にたどり着く時間が遅くなってしまい、もう風呂は終わってしまったそうなのでお湯だけ分けてもらったのだった。
「……どうする?」
「ここに桶を置いとくからリナが使え。オレは軽く拭くだけでいい」
「わかった。――にしても、この衝立て」
「オンボロだな」
揃って苦笑した。二人で一室になると言われ、眉根を顰めたリナに宿屋の人が気を利かせてこの衝立てを置いてくれたのだが――籐で編まれたそれは隙間だらけのうえ痛んでいて、目隠しとしては気休め程度にしかならない。
「ま、背中向けときゃ大丈夫だろう」
「そうね」
リナに安心させようと、下心なんぞ持ってないとガウリイは声音と表情で伝えてくる。リナはこくりと頷いた。ガウリイは手拭いを湯に浸して絞り、さっさと自分のスペースへ行くと上着を脱いで体を拭き始めた。
広い背中は、この状況をなにも気にしていない体でいる。
(……あたしが気にしすぎなのかな)
自意識過剰、うぬぼれ?
このところ、少しガウリイの視線が変わったように心のどこかで思っていたようで、リナは行動がぎこちなくなってしまう。二人の関係はなにも変化していないはずなのに。それとも、いつの間にかリナの心境だけが変わってしまったのだろうか。
こまごまとした装備を取り外しイヤリングもベッドに置いて、衝立てに背を向けて服を脱いだ。
何か羽織って体を隠すべきか、悩む。
(見ないって宣言されてるようなもんなのに?)
ままよ、と上半身裸になってしゃがみ込み、湯につけた手拭いを絞る。思ったよりもぬるい温度で体をそっと拭き清める。
ぎしり、と背後から大きな音がしてびくっとした。思わず振り向くと、着替えも終わったらしいガウリイの、ベッドに横たわる影が衝立て越しに確認できた。もちろん、こちらには背を向けている。
(……びくびくしてバカみたい)
自分ばかり意識して、ガウリイはなんとも思ってないのかもしれないのに。
例えガウリイが見てしまっても「やっぱり胸小さいな」なんてことを言うだけだろう。
(もーいいわよ! 見たけりゃ見りゃいいのよ!)
衝立てには背を向けたまま、リナは立ち上がって堂々と胸を張る。手拭いでわっしわっしと体を拭きはじめた。なぜだか震える手でズボンも脱いで、残る下着に手をかけた――が、どうしても全裸にはなりきれず、心細い一枚を身に着けたまま脚を拭いた。髪を纏めて前に流し、背中の汗もぬぐう。
(……なんでこんなに緊張するんだろう)
ぬるい湯なのに、耳までかっと熱くなっている。続けて吹き出る汗も熱さのせいではない。
(見てるの?)
確かめたくても、振り向けない。
ぴりぴりと緊張してるのは自分だけで、もしかしたらガウリイは寝ている可能性だってある。
寝息のひとつでも聞けたら、と耳を澄ませるリナの後ろ――衝立ての向こう側から、みしりと床板を踏む音がした。はっと振り向けば、すぐそこにガウリイが立っている。
言葉もなく抱きすくめられて、ぽとりと手拭いが落ちた。
■ 終 ■
ガウリイは目がいいんで、リナをこっそり観察してると思います!頻繁に!(前から言ってる)