赤ちょうちんサンタ慕情

 家電がぷるるると鳴る。受話器を取ったかーちゃんは相槌だけの簡単なやり取りをして、すぐに電話を終えた。
「とーちゃんがいつもの店で寝落ちしそうだって。リナ、迎えに行ってもらえる?」
「おっけー!」
 とーちゃんは時々、晩酌として夕飯のあとに近所の飲み屋に行くのだ。たいていはちょっとひっかけて、そう長居もせず家に帰ってくるんだけど、たまに飲みすぎたときはお迎えの要請が飲み屋からかかってくる。飲み屋は同じ商店街にあるご近所さんだけど、酔っ払いを一人で帰したら逆方向に進んでいったりするんだもの。
「どうして徒歩一分未満なのに帰れなくなるんだろ?」
 ぶ厚い靴下にそのままつっかけを履いて、ぱたぱたと家を出た。
「うう、さむさむ」
 家向いの通りに出れば、赤ちょうちんがすぐ見える距離である。ちょっとがたつく引き戸をよいしょと開けると、うちの台所とはまた違う美味しそうな匂いと、煙草とお酒の混じった匂いが漂ってくる。ほんわりと広がる暖かい光りと、にぎやかな人いきれ。
「らっしゃい――お、リナちゃん!」
「父がお邪魔してます」
 カウンターにいるだろうとーちゃんに視線をやって、あたしは目を見開いた。
「クネヒトおじさん!」
 カウンターに突っ伏すとーちゃんの隣に座っているのは、黒いフードを深く被ってちみちみとお酒を嘗めている懐かしい顔。
「おじさん、久しぶりじゃない!」
 あたしはにんまりと笑ってクネヒトおじさんの隣に座る。木製のカウンター椅子は高くて、座るときにつっかけがぽとりと落ちてしまったがそのままにしておく。
「焼き鳥注文していい?」
「いいとも、いいとも」
 とーちゃんのお迎えの楽しみのひとつが、タカり――もとい、ご相伴である。まだ未成年のあたしは、そうそう居酒屋には連れてってもらえない。でもこうして『近所の居酒屋にとーちゃんを迎えに行く』という口実があれば、堂々と居酒屋に入店できるし、とーちゃんにおねだりや、こうして顔なじみの父の友人に奢ってもらえるときもあるのだ。
「焼き鳥三種、塩で。それとつくね、お願いしまーす」
「あいよ」
 うきうきしながら、渡されたおしぼりで手をふいた。
「とーちゃんは寝ちゃったの?」
「ああ。久しぶりと飲んでいたら、寝てしまった」
「もー、せっかくクネヒトおじさんがきたのに……サンタの仕事は済んだの?」
「クリスマスはとっくに終わっただろう? 今は休暇中だ。ほら、余りのお菓子をやろう」
 言って、おじさんは懐から赤と白の杖――キャンディーケーンを取り出した。
「やだー。これペパーミント味でからいんだもん」
「そういえば……昔これをあげたときに、束で口に入れて泣いていたな」
「トラウマ級よ、あれは」
 俯いてフードの影で、吹き出すのを堪えるようにくくくと笑う。クネヒトおじさんは白い豊かな髭はないし服も赤くないし、どこがサンタクロースなのだという容貌をしているけれど、本人が「サンタだ」ときっぱり主張しているので誰も「どこが?」というツッコミはしない。
 象徴的な、世間一般で考えられている姿ではないからといって「違う」と否定するのはおかしい。それに小さい頃のあたしに、クネヒトおじさんは「誰でもサンタクロースであり、そして誰でもなれる存在なのだよ」と教えてくれた。「サンタになりたかったら、いつでも教えよう」とも言ってた気がする。サンタってそんなんでなれるもんなのだろうか?
「リナは大きくなったな。前は、一人でカウンターの椅子に登れないほど小さかった」
「なにいってんのおじさん、あたしもう中学生よ!」
「ほう、そうか。中学校に入学したのか……」
 おじさんは自分の顎を撫でて、ふむと考えこむ。
「なにか――出会いはあったか? その、なんというか、印象的な先輩とか、先生とか、ご近所さんとか」
「……へ?」
 運ばれてきた熱々の焼き鳥をふうふうと冷ましながら、あたしは質問の意味を考える。
「中学生になったんだから、そりゃ新しい友達たくさん増えたわよ? もちろん先生も先輩も」
「いやその……なんというか、『自分をいい感じに助けてくれる』ような、ちょうどいい便利なお兄さん、みたいな人が……」
「おにーさん?」
 言ってることがよくわからない。クネヒトおじさんは『もどかしい』といった様子でなんだかそわそわしている。
「そういうおにーさんはいないわねえ」
「そうか……まだいないか……」
「んー『ちょうどいい便利な』人っていえば、クラスメイトにガウリイってのはいるけど」
「はっ?」
 これまでにない大声でクネヒトおじさんが反応した。居酒屋はもとから賑わっているんで、大声を気にする人は誰もいない。おじさんの隣に突っ伏してるとーちゃんは相変わらず寝たままだし。
「学校に、ほ、ほほう……ふーん……なるほど……」
「なにがなるほどなの?」
 むぐむぐと焼き鳥を味わいながらきいてみる。
「か、彼は中学校で出会ったクラスメイトということは、同級生なんだな?」
「クラスメイトなら同級生に決まってるじゃない」
「同い年?」
「うん、同い年」
 問われて頷く。するとクネヒトおじさんは胸に手を当てて息を吐いた。
「くっ、クラスメイト……同い年……なんてことだ……」
「どしたの? 苦しいの? AED探してくる?」
「大丈夫だ……私はただ同い年パラレルに感謝しているだけだ……」
「は?」
「なんてことだ……いっそのこと異世界転居……いや、私には私の責務が……くそっ!」
「どしたの? 大丈夫?」
「観測必須な世界がどんどん増えていくな……いや、こういった意外な出会いが起こる場合があるのだ、どこからも目が離せぬ!」
 懐から手帳を取り出し、ヒイラギの飾りが付いたボールペンでなにやら必死にメモしている。
「クネヒトおじさん、どーしたの?」
「リナよ」
 急におじさんから真剣な声をかけられて、あたしは思わず背筋を伸ばした。
「私は私の仕事があり、頻繁にここに来ることができない。だから、自分で未来を切り開くのだ」
 あいよっと居酒屋のおっちゃんがつくねをあたしの前に置く。
「黒いお客さん、遠慮せず年がら年中うちに来てくださっていいんですよ~」
「うむ、機会があればいくらでも訪れたい。さあ祝杯をあげよう、熱燗追加」
「毎度~」
 祝杯ってなに……?
「今後の、お前たちの進展を楽しみにしている」
「えーっと、意味がよくわからないんだけど……」
「そうだな、なんと言えばいいか……あのな、その、お前の同級生は……」
「うん」
「ラッキーアイテムだ」
「……は?」
「手放すな。なにもせず放っておいてもついてくると思うが、いちおう大事にしろ。たまには飴をやれ」
 なんだかよくわからないが、とりあえずうんと頷いた。
「そうか、出会えたか、よかったな――しかも同い年――」
 酔ってきたのか、よくわかんないことをずっとつぶやいている。あたしは焼き鳥をさらに追加注文した。
 あのガウリイがどうラッキーアイテムなんだろ?
 クネヒトおじさんって占い師もやってんの?
 まあ――明日、ガウリイに会えたらあたしから声かけてみようかな。

 ☆ ☆ ☆

 朝の通学路で見つけた、後ろ姿。同じ中一だけど、彼はあたしより背が高い。なのにブレザーの袖もズボンも伸びしろが考えられていて、ぶっかぶかである。
「ガウリイ~」
「お、リナ。おはよう」
「はいっこれあげる!」
 顔を合わすや否や、問答無用にキャンディーケーンを押し付けた。
「うわっなんだこれ……クリスマスの余りのお菓子かあ?」
「飴は賞味期限がなが――え、今食べるの?」
 ぺりぺりと表面のフィルムをはがしている。
「いつ食べてもいいだろ」
 指で回したあとにぱくっと口に入れた。
 あたしは隣を歩きながら、味わうのをただ見守る。
 ――ガウリイの眉間に皺が寄った。
「リナ。これ、歯磨き粉みたいな味がする」
「やっぱり」
「知ってたのかよ……ま、ばあちゃんのくれるハッカ飴よりましだな」
 なんだかんだと言いつつ、舐め続けている。
「癖になる味だな~。これ、もっとないか?」
「ええっ?」
 意外すぎる。ガウリイはどうやらこの味を気に入ってしまったらしい。
「もうないのか? じゃ、どこで売ってるんだ?」
「買ったわけじゃないのよ。これをくれる人がいて……でもその人に、また次いつ会えるかはわかんないのよね」
「いつかは会える?」
「いつかは、ね」
「じゃあそんときにまた飴を貰っといてくれよ」
「次がいつになるかわかんないの! すぐかもしれないし、何年も先かもしれない……」
「大丈夫、オレ待てる!」
「あのねえ、数年後のあたしたちがどうなってるか……」
 ガウリイが目をぱちくりさせながらあたしを見る。
 その表情は、たとえ何年経ってもあたしとガウリイは一緒にいるのだと――ほんの少しも、疑っていない。
 あんまりにも当然という顔をしてるもんだから、おかしくなってあたしは吹き出してしまった。
「わかった。次、会えたら貰っておくわ」
「おう、よろしく」
 すっかり気に入ったようで、ガウリイは残りを惜しんで丁寧に舐めている。
「早くしないと学校についちゃうわよ!」
 笑いながら、彼の手を引っぱった。

                    おわり

アンソロ[クネヒトは告らせたい ~トップサンタの頭脳戦~]に寄稿したSSです。しれっと異世界のリナやリナ父に馴染み、観測を続ける強火担w
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